幸せを感じられる「自分の居場所」= paoとは
安心感を持って、ありのままの自分で過ごせる居場所を高原さんは「pao(パオ)」と表現する。本来の「パオ」は、元東京大学の名誉教授・高橋鷹志氏が、人間の持つパーソナルスペースを空間容積単位として捉えたものだ。そこに高原さんは心理学の観点を加え、より人の感情や感覚に寄り添ったものと定義している。
「paoとは、自分の周りに常にある『なわばり』のような心理的、物理的領域です。他人が境界線を越えて入ってくると不快感を覚えたり、領域を侵害されたと感じたりする、自分を守るために必要な空間です。paoが守られなければ、相手に大切にされていると感じられず、自己肯定感が下がりかねません。安心して自分が自由に過ごせ、他人(家族)からも認められていると感じられる空間こそが、居心地のいいpaoなのです」
自宅内では、最低2つのpaoを持ってほしいと高原さん。家族と「一緒にくつろげる場所」と、家族の視線から完全に排除される「一人で自由に過ごせる場所」だ。
移動し、変化するpao、上手な測り方とは?
高原さんによると、paoは固定されたものではない。ある特定の場所ではなく、自分と共に移動するものであり、年齢や性別、環境、その時々の感情によって大きさが変わるそうだ。
「体の周りに見えない卵型の膜があるのを想像してください。幼いころには存在せず、自我が芽生えるとともに徐々に明確になるもので、範囲は水平だけでなく、体の上部にもあります」
一般的には1メートルを目安に、自身が心地よいと感じられる他人との距離を前後、左右で測ってみてほしい。その距離を家族と共有して、お互いの距離感をつかむとよい。
他人のpaoを侵害しないことも大切だ。ソファで隣に座ったとき、相手が席を立つと「嫌われているのかな?」と感じることがあるかもしれないが、そうではなく、たまたま「相手のpaoに入りすぎているかもしれない」と考えてみよう。
世帯別にみる理想のpaoのつくりかた
【子育て世帯】自尊心を育てる「子ども部屋」の考え方
「子どもは成長とともにpaoを確立していきますが、親が介入しすぎると親子の境界線があいまいになるもの。子どもは親の支配下にいるように感じるため、自立心が育ちにくくなってしまいます。その結果、自己肯定感が下がり、自分でものごとを決められない、依存心の高い子になりかねません」
ポイントは、親がコントロールしすぎないことと、子どもの感性を信頼してあげること。
子ども部屋は親から「一方的に与える」のではなく、子どもの自主性を尊重しながら決める。例えば、学習机を固定しないのも一つの手だ。子どもは「どんな環境だと集中できるか」を感覚的にわかっているもの。だから、持ち運びできる小さな机を用意し、勉強する場所を自由に決めてもらうとよい。
また、親がいつでも監視できるような環境だと、子どもは心理的な安心感を得られず、自尊心が育たない。
【夫婦2人世帯】リタイア前に用意すべき「専用pao」
50代を目安に取り組んでおいてほしいと高原さんが提案するのが、「夫専用のpao」づくりだ。家庭にもよるが、自宅を管理しているのは妻というケースが比較的多い。そのため、リタイアすると男性は家の勝手がわからず、居場所を見失いやすいという。」
「現役時代バリバリ働いてきた男性の場合、妻に聞かなければ何もわからないとなると、リタイア後に家庭で自身の居場所がなく存在感も示せず、自己肯定感が下がってしまうのです。空いた子ども部屋や、大きめのクローゼットでも工夫すれば、ちょっとした書斎になるでしょう。その空間に関しては、本人に管理してもらうこと。自分専用のpaoを事前に用意しておくことで、リタイアして自宅で過ごす時間が長くなったときもお互いに心地よいpaoが保て、夫婦関係にとってプラスに働くのです」
【単身世帯】より良い自分になるための「小さな工夫」
一人暮らしで部屋を自由に使える環境であっても、paoは必要だと高原さんは強調する。
「自己承認できる空間づくりは大切なものです。散らかった部屋の中にいて自尊心は高まるでしょうか?空間を整えることで、無意識のうちに心理や行動が整い、“より良い自分”になれ、活力も生まれるのです」
意識すべきは、視野の「左側」と「目の位置よりも高い場所」の2点だ。
感覚的な印象をとらえるのは、多くの場合、右脳の働きによる。右脳は視野の左側に見えるものを処理するため、視野の左を意識して片付けることですっきりとした感覚が得られるのだ(※反対の人もいる)。
視線は上向きにするほうが、前向きな気持ちになりやすい。したがって、部屋の上のほうを明るめに保つのがいい。壁に照明を当てたり、ポジティブな言葉を貼ったり、観葉植物や絵を飾ったりするのもおすすめだという。
「現在はSNSなど素敵なインテリアの情報はあふれていますが、必ずしも自分に合うわけではありません。頭で選ぶのではなく、日ごろからpaoを意識して、心地よい居場所になるかどうかという感覚を大切にしてください」
お話を聞いたのは●高原美由紀さん
たかはら・みゆき/一級建築士、空間デザイン人理学協会代表理事
早稲田大学大学院人間科学研究科修了。空間デザイン歴30年、コンサル歴25年以上。累計1万件以上の間取りコンサル歴をもつ。心理学・脳科学・行動科学・生態学など、科学的根拠をもった空間づくりの法則を「空間デザイン心理学®」として体系化。「夫婦仲がよくなる」「仕事に集中できる」「ストレスが減る」など、そこで過ごしているだけで自然に幸せになる空間づくりを伝えることで、世界を愛と輝きで満たす活動をしている。著書に『ちょっと変えれば人生が変わる部屋づくりの法則』(青春出版社)がある。
https://www.sdpa.jp/