何気ない日常も、短歌で輝かせられる
短歌とは、感情の記録です。自分が言いたいことを優先して全体の構成を考えてみましょう。「五七五七七」といえば百人一首などの和歌を連想すると思いますが、短歌と何が違うかというと、時代と詠んでいた層が違います。
和歌は、古くは貴族や公家などがたしなみとして雅なものを詠いました。短歌は、明治以降、庶民を含むさまざまな層の人が詠ったもので、いわば何でもあり。では、「いい短歌とは何か?」というと、僕は「自分らしさがあるもの」だと思っています。
短歌をつくるポイントは、言葉をぶつ切りにしないこと。例えば冒頭の初句を無理に5文字で考えず、1首全体が1つか2つの文になるようにイメージします。それを、パンの生地をふんわり成形するように整えていきます。5文字のぶつ切りの単語で考えようとすると、表現が限られて型が限定されてしまいます。
「五七五」や「七七」のフレーズから決めるのも手です。以前にしていた短歌のワークショップでは、小説のつもりで、冒頭200字を書いてみよう、というお題を出しました。そこから気に入ったフレーズを上の句や下の句にして、全体を整える。そのくらいの感覚でいいんです。
あと、助詞は省略しないほうがいいですね。「が」「を」「に」などでつなぐと、全体がスムーズに流れて上級者的になります。「うれしい」「悲しい」という感情は、直接的に表すのではなく、表情の描写などで表現を工夫してみましょう。
とはいえ、短歌は“大衆の文芸”といわれ、作者にとって価値のあるものであればいい。その点で今回ご応募いただいた作品はどれも、日常の中の「うれしかったこと」を感じさせるものでした。短歌をつくることで、写真では写せないシーンとそこに伴う感情を残すことができます。それは、子どもの成長の記録だったり、歌にしなければ見過ごしてしまう公園の記録だったり、何気ない日常も、短歌で輝かせられるのがおもしろみです。
発表! レジクラ短歌 入選16作品
ダイエット プラスサイズも 多様性 健康体が プライスレス
詠み人 エリック
「プラスサイズ」と「プライスレス」の音の響きの重ね合わせがとても面白いです。まさしく健康体は多様性を超越したところにある絶対的な価値ですね。
50すぎ 初めて席を譲られて 恥ずかしいやら うれしいやら
詠み人 か~る
席を譲られてショックだった、という話もよく聞きます。「うれしい」と素直に受け入れられるところに作者の生き方の道のりの良さが表れています。
古書市でやっと見つけたこの本の 表紙の染みも笑っているよう
詠み人 Fumador
おそらく見つけた人も笑顔だったはずだから、互いに笑い合っていることになります。新しい、あるいは懐かしい友に出会えたような温かな趣があります。
こだわりの 断熱気密 セキュリティ すり抜け響く 鈴虫の声
詠み人 エアロテック建築中
必要なものを逃さず、危険なものを入れないための住居機能。そのどちらでもないからこそ届く鈴虫の声。豊かさとは案外こうしたものかもしれません。
佐賀弁は、今はなつかしふるさとの、母の便りに、くすっと笑う
詠み人 じいじ
石川啄木にも寺山修司にも故郷の言葉を懐かしむ短歌があります。彼らの短歌はもう少し深刻な感慨ですが、「佐賀弁」の大らかさが明るさを与えます。
愛犬よ あぁキロでも 甘えん坊 抱っこの求めに ゆるむ笑顔よ
詠み人 どんな
【あ】いけん、【あ】ぁ、【あ】まえ、と【あ】のリズムが心地よい一首です。このやわらかいリズムが読んでいる人の心をもゆるませます。
風邪ひいた コロナではなく 不摂生 まわりみんなが なぜか優しい
詠み人 ゆ
「なぜか」というのが面白いですね。おそらくは人徳や愛情によるもので、そのじんわりとした温かみを作者は感じているのだろうなと伝わってきます。
笑み浮かぶ 妻の横顔 見し時に 幾年あらん このひと時や
詠み人 けんぼう
「幾年」という長い時間と、「ひと時」という短い時間の対比が良いです。愛する妻とのほんのひと時を積み重ねて、今ここに在ることの感慨があります。
新五年生 なぜか突然 ぶっきらぼう 喜ぶべきだね これが成長
詠み人 じぃじー
「喜ぶべきだ」という言い方は、理解はするが、まだ呑み込めてはいないぐらいの複雑な感情です。寂しさも喜びも等しくあるのが子どもへの愛情ですね。
あー言えば こー言う息子も もう5歳 時より見せる 成長うれし
詠み人 たかたくや
こちらも子どもの成長を見守る歌。「もう5歳」が良いと思います。あっという間のスピード感でもって、5年間を親子で駆け抜けてきたのでしょう。
パパどうぞ ビールを見ては つぐ娘 仕事終わりの 和みの時間
詠み人 ショーペンハウワー
ビールを飲んでいる時のご機嫌な「パパ」が「娘」は好きなのでしょう。子どものことを詠んでいつつも、親子のほのぼのとした関係性が伝わります。
百歳の 長寿を全う 母の背に 負われし日々が いま懐かしく
詠み人 呑太
百歳ともなれば、だいぶ小さな背中だと思いますが、その小さな背から、長い年月とたくさんの思い出が開かれていくさまが浮かんで感動があります。
人生の 秋にしばしば 思うこと よくぞここまで 辿り着きしか
詠み人 むらぎも
「白秋」は初老の時期を意味しますが、秋は実りの季節でもあります。終助詞の「か」がしみじみとした感じも、強い肯定感も、与えて趣深いです。
仕事中 やっぱり笑顔が 大事だと 相手の顔見て 思ったりして
詠み人 たかたくや
「笑顔が大事」は一般論的ですが、「思ったりして」という曖昧なニュアンスが味わいを与えています。割り切れない複雑な感情が含まれていますね。
柿食えば ハートの形の 種見つけ 鐘は鳴らぬが 心は踊り
詠み人 柿大好きじゅん
場面としては柿を食べているだけですが、内心ではステップを踏むようなちょっとした喜びがあります。正岡子規の心も実は踊っていたのかもしれません。
ベランダのベンチで野良猫熟睡中あしたも来てねとささやいてみる
詠み人 しろたん
人間と野良猫との、他者と他者との、ほんのささいな交流が微笑ましいです。「ベランダのベンチ」も、暖かな日差しを感じさせて良いですね。
お話を聞いたのは●牛 隆佑さん(歌人)
うし・りゅうすけ/1981年、大阪府豊中市生まれ。社会人3年目の2008年、短歌に興味を持ち、ネット上で作品を発表するように。関西を中心に短歌のイベントを企画運営し、魅力を伝える。歌集に『鳥の跡、洞の音』(私家版)がある。『NHK短歌』に連載。