【名建築探訪】団欒の場の演出/自由学園明日館(池袋)

重要文化財の自由学園明日館には、暖炉が5つ備わっている。エアコンのない時代、冬の寒さから女学生たちを守ったであろう暖炉は、愛娘をここで学ばせた創立者、羽仁もと子・吉一夫妻の理念と、建物を設計したフランク・ロイド・ライトの建築美学とが結びついたものだった。

フランク・ロイド・ライトがこだわった“団欒の象徴”=暖炉

帝国ホテル二代目本館や自由学園明日館、アメリカのグッゲンハイム美術館などの設計で知られるフランク・ロイド・ライトだが、本領を発揮したのは圧倒的に住宅の設計が多い。家族が憩い、団欒する場が住宅であり、家族や来客がより良いコミュニケーションを図るための装置が必要だと考えていた。

ライトにとって、“団欒の象徴”といえる装置こそが、暖炉だった。そして、暮らしとの関係についてライトは「最高の機能を持つ暖炉を使う生活は、円満で最も幸せな暮らしと言える」という言葉を遺している。それほど暖炉に重要性を見出していたのである。

ライトは約1100例の建物の設計を手掛けたとも言われているが、1000以上の暖炉の設計も手掛け、一つとして同じデザインのものはないという。

暖炉が焚かれると、人は自然とそこに集まってくる。同じ時間を共有し、その日あったことを語り合う。あるいは読書を楽しんだり、編み物をしたり、思い思いの時間を過ごすかもしれない。別々のことに興じていても、集う場所は暖炉の周りだった。ゆらぐ炎を見つめるだけで一日の疲れが癒されたことだろう。暖炉の炎は安らぎや円満な営みをもたらすのである。

ライトはどんなに低廉な予算を提示されても、暖炉を設置することにこだわったと言われている。市場には薪ストーブが出回っていたにも関わらず、暖炉がもたらす求心力を信じていたのだろう。

“団欒の象徴”である暖炉が建物の中心にあるのは、ライトにとって必然だった。

自由学園明日館の暖炉

自由学園明日館の暖炉もまた、“団欒の象徴”だ。

大谷石をふんだんに使って建てられた自由学園明日館は、暖炉も大谷石製だ。食堂の暖炉と中央棟ホールの暖炉は背中合わせになっており、まさに建物の中心に暖炉があるのだ。このほかに、教室に2つ、講堂にも1つ暖炉がある。

当時の女学生たちは暖炉の周りに集い、どんなことを語り合ったのだろう。ふと、物語に出てくるような団欒を楽しむ光景が思い浮かぶ。

「温かいものをみんなで食べる」という羽仁もと子の考えで、自由学園の女学生たちは昼食を自炊していた。畑で野菜を作り、栄養価や材料費の計算も生徒たちがしていた。それ自体がこの学校の学びであった。暖炉の薪割りも生徒がしたであろうし、その暖炉の火守もしたはずだ。もしかすると、この火で調理をすることもあったかもしれない。それは豊かでかけがえのない時間の共有だっただろう。

実はこの暖炉、現役である。取材時、火は焚かれていなかったが、冬場は時折、暖炉に火が点る。「今はエアコンがありますから普段は薪をくべることはないんですが、夜間見学や催事があるときは焚くこともあります。スタッフは火がきれいに見えるように薪を組み直したり、火の世話をしたりもします」。館長の福田竜さんがそう語った。

暖炉があっても、冬はさすがに寒いのではないか。そう思ったのだが「いや、十分に暖かいです。あっついというほどじゃないですけどね。ビールが飲みたくなるくらい」と福田さんは笑った。

「暖炉に火が点ると、やっぱり人は集まってくるんです」

寒くなったらぜひ夜間見学で暖炉の火を眺めてみたい。

食堂に設置された重厚感ある暖炉。
中央棟ホールの暖炉には薪が積んであったという。

人が集い続ける場として

100年以上前の女学生たちが歩いた床の上に、現代を生きる我々の足跡が重なっていく。

女学生たちが日々通っていたこの建物には、今もなお大勢の人たちが集ってくる。

1997年に重要文化財指定された自由学園明日館は、1999年から2001年までの保存修理工事が完了すると、建物を見学しようとする人が訪れ、結婚式や披露宴が開かれるようになった。年に4回レストラン企画を開催し、夏にはビアテラスも開かれ、講堂では音楽会が催される。各種の公開講座も設けており、さまざまなイベントも企画されている。

「重要文化財というと、決まったコースをただ見て回って、ちょっと写真撮って終わり、ってところが多いでしょう。でも、うちは建物の魅力を最大限に生かして、活用しながら保存する“動態保存”を標榜しているんです」

重要文化財である以上は、できるだけ傷つけずに管理することも必要だ。

「でも、披露宴に来た人に、ハイヒールの靴は脱いでください、とは言えないでしょう。もともとが女学校で、生徒たちも靴を履いて通っていたし、床の靴跡なんかは、それもまた100年の歴史の一部だと捉えています」

1921年4月15日、女学校として池袋に開校した自由学園。それから時を経ずして当初想定した以上に、生徒が集まってキャパシティーを超えてしまったため、創立からわずか13年で学校はさらなる発展の地を求めて東久留米市に移転した。そのわずか13年の“学校時代”の歴史の中で、ここでは『婦人之友社』関係者の結婚式が開かれ、『婦人之友』のモデル撮影が行われた。そのほかにも当時から大人向けの公開講座を開き、音楽会や美術展を開催していたという。

「つまり、100年以上前から現在と同じことをやってたんですよ」

自由学園明日館は、ある意味、今でも学びの場として生き続けていると言えるのかもしれない。

1925年に自由学園で挙行された結婚式の写真。

お話を聞いたのは●福田 竜さん

ふくだ・りゅう/自由学園明日館6代目館長。建築設計事務所勤務ののち、明日館へ。さまざまなイベント等を積極的に打ち出すなど、重要文化財・自由学園明日館の運営に余念がない。

自由学園明日館

 東京都豊島区西池袋2-31-3
https://jiyu.jp/

【見学時間】
●通常見学:10時~16時(入館は15時30分まで)
 ※建物解説は14時~
●夜間見学日:毎月第3金曜日18時~21時(入館は20時30分まで)
●休日見学日:10時~17時(入館は16時30分まで)
 ※月1日指定日
 ※休日見学日の建物解説は11時~、14時~の2回
●休館日:毎週月曜(月曜が祝日または振替休日の場合はその翌日)、年末年始
 ※不定休あり。要事前確認

【見学料】
建物見学のみ:500円
喫茶付き見学:800円
夜間見学・お酒付き:1200円

文●戸羽昭子 撮影●キッチンミノル(2024年10月掲載)

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