【名建築探訪】100年現役の美しい椅子と机/自由学園明日館

数多くの名建築を手掛けたフランク・ロイド・ライトは、家具デザインの名手でもある。有名なロビーチェアや帝国ホテルのピーコックチェアなど、名作と呼ぶにふさわしい椅子をいくつも生み出した。フランク・ロイド・ライトと弟子の遠藤新によって建てられた自由学園明日館では、今もなお、彼らがデザインを手掛けた椅子や机などを体感できる。

オレンジの挿し色が効いた食堂椅子

現在の食堂のメインフロア。新しく作られたテーブルにも、オレンジ色がさりげなく使われている。

自由学園明日館はさほど大きな建物ではない。だが、見どころが多いので、じっくり見学すると、思いがけないほど時間が経っている。そこで、ちょっとひと休み。食堂で紅茶と焼き菓子を楽しみながら、当時の女学生たちの日常に思いを馳せてみてはどうだろう。

食堂のメインフロアのテーブルは、保存修理工事の際に現代人の体格に合わせて作られたものだ。ここで結婚披露宴などのイベントを開催することを考えると、古い机のままでは支障が出てきたからだという。

一方、増築部分である小食堂で使用されている木製の机は、創立当初から100年以上使われ続けている。日常的に使われているので、たくさんの傷がついているし、女学生が熱い鍋でも置いたのか、丸い跡も残っている。だがそれが、なんともいえず愛おしい。

愛らしいフォルムの椅子と、現在も小食堂で使われている机は、遠藤新のデザインだ。

「食堂で使う、ある程度まとまった数の椅子が必要でした。そのため、自由学園の一期生は、フランク・ロイド・ライトが設計した帝国ホテル二代目本館でシェイクスピアの『真夏の夜の夢』を英語で演じてみせて、その収益を家具の製作費にまわしたんです」と、館長の福田竜さんが教えてくれた。

自由学園は女性ジャーナリストの草分けだった羽仁もと子と夫の吉一が私財を投じて創立した女学校だ。そう考えると、初めの頃は備品までは手がまわらなかったのかもしれない。

「1921(大正10)年当時で、1140円の利益が出たそうです。これが椅子を作るのに潤沢な資金だったかどうかは、定かではないんですが……。木の椅子の座面って、普通は一枚板で作られるんです。でも大きな材料って高いんですよね。だから、安い棒材をうまく使っています」と福田さんが語る。

なるほど、背もたれと座面は、同じ幅の板を組み合わせて作られている。背柱に挟まれた縦長の六角形は水平にスリットが入っており、座面も2枚の板を並べている。それぞれに“込栓(こみせん)”と呼ばれる小さな木材で継いである。この小さな木材に、ビビットなオレンジ色が塗られているのも印象的だ。小食堂の机も同様で、天板は同じ幅の2枚の板を、小さな込栓で継いでいる。

「このオレンジ、朱色は、ライトレッドとかチェロキーレッドと呼ばれています。フランク・ロイド・ライトが好んだ色だそうです」。どこか日本的な朱が挿し色として効いていて、実におしゃれだ。いわば小さな材を使ったことを逆手にとった美しさである。

フランク・ロイド・ライトは、家具や照明も建物の一部と考えていた。建物と家具との調和を図ることに心血を注いだ建築家だったといえるだろう。その理念を引き継いだのが、愛弟子である遠藤新だったのだ。

実は、遠藤が木工所に発注した際、最初に届いたものは背が一枚板で作られたものだったという。「この一件について、遠藤新は『婦人之友』に寄稿しているんです。コストのことも考えて設計しているのに、こんなことでは困るじゃないか、って(笑)」。木工所としては、良かれと思ってしたことかもしれないが、限られた予算枠の中で、なんとかいいものを作りたいと思っていた遠藤にしてみれば、許しがたかったのだろう。福田さんがさらに続けて言った。「でも、その“こだわり”のおかげで、この椅子が当初から食堂で使われてきたもので、同じ板幅のものを組み合わせて作られたものだ、ということが分かるんですよ」

女学生たちが食事の準備をしている食堂の様子。当時から遠藤デザインの椅子が使われていたことが分かる。(写真提供/自由学園明日館)
小食堂の机も、今もなお現役だ。100年もの歴史が刻まれた風合いが愛おしい。
すっかり色が剥げてしまったが、100年あまり使われてきた椅子の込栓にはうっすらと“チェロキーレッド”の名残がある。
現在の椅子(左)は、床から座面までの高さが約42cm。だが、大正時代に遠藤新が手掛けた椅子は約37cmしかない。座面も小ぶりだ。

講堂2階の床の段のヒミツ

自由学園明日館の椅子の話では、講堂2階の椅子について触れておきたい。

1927(昭和2)年、遠藤新によって最後に手掛けられたのが講堂である。先にフランク・ロイド・ライトと共同で手掛けた中央棟、西教室棟、東教室棟とともに、1997(平成9)年に重要文化財に指定されている。

講堂の1階には長椅子が並べられている。そのさまは静謐なチャペルのようだ。これはこれで美しいのだが、紹介したいのは、2階である。

現在、2階には床の段の上に椅子が並べられている。この椅子自体は現代のものだ。2014(平成26)年11月から講堂の保存修理・耐震対策工事が行われた。それまでこの段の上の椅子は連結され、びっしりと隙間なく並んでいたそうだ。

保存修理・耐震対策工事のため椅子を移動することになって、現れたのが床の段だった。階段にしては中途半端な高さだ。なんのためにこんな段がつくられたのだろう。福田さんたちは、ふと、椅子が取っ払われた段に腰を掛けてみたという。するとどうだろう。この段に腰掛けると、2階の手摺で1階の座席部分は見えないが、手摺と舞台の縁とがぴったり重なったというのだ。

実際には、この段の上に椅子を乗せて使われていたし、現在の建築基準法では同じように作ることはできないというが、遠藤新がここまで計算してこの段差を作ったのだと思うと驚かされる。

現在は、コロナ禍の影響もあって密を避けるために椅子を間引いて置いてある。「でも、だからこそ、建物解説のときに、特別に椅子と椅子の間の段のところに座ってもいいよ、と話すんです。体験した人は皆さん、驚きますね」と、福田さんが笑った。

遠藤が手掛けた講堂1階には、長椅子が整然と並んでいる。
2階には椅子が階段状に並んでいる。
特別に椅子をよけて段差に座らせてもらい、そこから眺めると、2階の柵と舞台の縁がほぼ重なって見えた。

貴重な現役の椅子を楽しむ

自由学園明日館の顔ともいえる中央ホールに置かれている椅子は、座面は革張り、背もたれは正六角形で、食堂椅子同様、水平にスリットが入っている。帝国ホテルの有名なピーコックチェアによく似た、非常に美しい椅子だ。

自由学園明日館は、日本で初めて、建築を使いながら保存する「動態保存」が認められた重要文化財である。どの椅子も、“重要文化財の展示品”ではなく、現在も日常的に使われているものばかりだ。

「この建物をどう見るのが一番お薦めか。ここ明日館は、もともと女学生たちが主に椅子に座って生活、学習をしていたんですよね。だから、やっぱり各所にある椅子に実際に座ってみて、そこから見る景色が、フランク・ロイド・ライトや遠藤新が目指した世界なんだと思うんです」。福田さんの言葉に、改めて心を落ち着けてあちこちの椅子に座ってみた。椅子の位置ごとに異なる風景があり、ついつい長居してしまうのだった。

帝国ホテルのピーコックチェアに似たデザインの六角椅子。デザインしたのがライトなのか遠藤なのかは、記録が残っていないため、はっきりしないという。当初、この椅子の座面は色革ではなく、革の自然な色を活かしたものだったが、保存修理工事の際に今の色革のものになったらしい。正直、ガタが来ているものもあるというが、修理を繰り返しながら大切に使い続けられている。
六角椅子は、現在は教室でも使用されている。この部屋は、1921(大正10)年、自由学園の開講式が行われた部屋「Rm1921」。当時は未完成だったという。椅子も現在使われているものとは違うものだ。(写真提供:自由学園明日館)

お話を伺ったのは●福田 竜さん

ふくだ・りゅう●自由学園明日館6代目館長。建築設計事務所勤務ののち、明日館へ。さまざまなイベント等を積極的に打ち出すなど、重要文化財・自由学園明日館の運営に余念がない。

「自由学園明日館」

東京都豊島区西池袋2-31-3
https://jiyu.jp/

【見学時間】

  • 通常見学:10時~16時(入館は15時30分まで)
    ※建物解説は14時~
  • 夜間見学日:毎月第3金曜日18時~21時(入館は20時30分まで)
  • 休日見学日:10時~17時(入館は16時30分まで)
    ※月1日指定日
    ※休日見学日の建物解説は11時~、14時~の2回
  • 休館日:毎週月曜(月曜が祝日または振替休日の場合はその翌日)、年末年始
    ※不定休あり。要事前確認

【見学料】

  • 建物見学のみ:500円
  • 喫茶付き見学:800円
  • 夜間見学・お酒付き:1200円

文●戸羽昭子 撮影●キッチンミノル(2024年10月掲載)

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