花形の職業だったエレベーターガール

日本橋髙島屋S.C.本館に行くたびに、吹き抜けホール奥にあるアメリカのオーチス社製のエレベーターを密かな楽しみにしている人も多いのではないだろうか。
レトロで美しい蛇腹式の扉の開閉は、創建当時から変わらず今も手動だ。各階に到着すると、案内係が優雅な動作で利用客の出入りを促し、安全を確かめて、レバーを操作しカゴを昇降させる。その姿を見るだけでも気分が高揚する。
「現在も案内係が手動で操作しているのは、百貨店ではこちらだけかもしれません」と語るのはコンシェルジュの岸和彦さん。
当時、エレベーターガールと呼ばれていた案内係は、花形の職業だった。来店客は、案内係にこのエンターテインメント性の高いカゴに誘われ、心ときめかせていたに違いない。
「このエレベーターも日本橋髙島屋の“顔”の一つでございます」と岸さんの顔が輝いた。機械こそ最新式だが、カゴは当時のものを改修しながら現在も使用しており、真鍮の蛇腹や手摺などは定期的に磨き上げているという。




大理石の中のアンモナイトを探せ!
高橋貞太郎が贅を凝らした本館の壁や柱には、様々な大理石がふんだんに使われている。たとえば、正面エレベーターの入口の壁は、吹き抜けとなっている1階と2階部分だけ、イタリア産の「スタラティーテ」という、木目調の大理石を使っているのだという。
「あえて温かみのある色調の壁にすることで、ご来店されたお客様がホッとした気持ちでお買い物を楽しんでいただけるように、という思いを込めたものです」と岸さんが説明してくれた。
正面エレベーターの壁はこのほか、3階以上は黄色みを帯びた国産の「黄更紗」、屋上はトレビの泉にも見られる白亜のイタリア産「トラベルチーノロマーノ」と、大理石が使い分けられている。高橋貞太郎の真意は分からないが、1、2階同様、石材の特徴を見極めて使い分けたのだろう。

階段にもそれぞれに山口や徳島などの国産大理石が使われていて、“石好き”にとってはそれを見て回るだけでも興味深い。運動不足解消にもなる。
なんといっても、吹き抜けの正面ホールに十数本建ち並ぶ柱や、正面階段に使われているイタリア産の「ネンブロロザート」という石灰岩は、じっくり眺める価値のある石材だろう。
ジュラ紀後期、2億年ほども前の地層から切り出されたネンブロロザートには、アンモナイトやイカの祖先といわれるベレムナイトなどの化石が多く潜んでいるという。
それでは目を凝らして……と思う間もなく、直径30cmはあろうかというほどの、思いのほか大きなアンモナイトが見つかった。目を転じると、また一つ、あそこにも一つ。化石探しだけで半日以上は楽しめそうだ。
「この白いのが、ベレムナイトですね」と岸さんが階段の手摺を指さした。教えてもらわなければ白いキズぐらいにしか思わないままだったろう。白い尾を引いた彗星のようにも見えた。

東京大空襲の戦火を免れた建築

当時最先端だったエレベーターや、贅の限りを尽くした意匠で知られる高橋貞太郎のデザイン。だが、2階バルコニーのきらびやかな金色の手摺子は、実は木製である。もちろん、創建当時は金属製だった。戦時中の金属類回収令により、この手摺子やシャンデリア、エスカレーター、エレベーターの一部などが供出されたのだという。
「1945年3月の東京大空襲では、防護団員が不燃物を積み上げてなんとか本館への延焼を防いだそうです」
金属供出を免れた正面入口の鉄扉もまた、建物を守った。
「ロゼッタのほかに、アカンサス、和名を葉アザミという植物がモチーフになっております。この植物は悪魔から人を守ると言われています。それと東洋の雷紋(らいもん)ですね。こちらも魔除けの象徴みたいなものです」
堅牢な鉄扉に施されたこの意匠が建物を守ったのだろうか。



お話を聞いたのは●岸 和彦さん
きし・かずひこ●コンシェルジュ、顧客サービス担当部長。1992年入社、日本橋店(当時は東京店)食料品部配属。1998年から約4年間、ニューヨーク駐在員事務所勤務。その後、日本橋店・柏店を経て、2019年から現在まで日本橋店総務部顧客グループでコンシェルジュとして勤務。重要文化財の店舗が、保存・活用されている価値を重要文化財見学ツアーなどでご案内している。
『日本橋髙島屋S.C.本館』
東京都中央区日本橋2-4-1
TEL:03-3211-4111(代表)
営業時間:10時30分~19時30分(本館)
※毎月第2木曜午前11時から日本橋髙島屋重要文化財見学ツアーを開催。
無料、所要時間約1時間(要予約)。
予約は開催月の前月1日(1月は初営業日)の午後10時30分より受付開始(予約日の3日前19時30分まで)。
1回最大3名まで予約可能(定員数に達し次第、予約受付終了)。
予約受付サイト:https://www.takashimaya.co.jp/nihombashi/departmentstore/cultural_propertie/
文●戸羽 昭子 撮影●尾嶝 太(2024年10月掲載)
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