【ハレの日の器のおもてなし】風合いで魅せる伊賀長皿

日本料理店の先付などで時折見かける長方形の皿は、使い勝手のいい器。盛る料理によって豊かな表情を見せる、懐の深さも特徴のひとつ。日本の伝統文化の特設サロン『銀座一穂堂』オーナーの青野惠子さんに、一枚ごとに風合いの異なる自然釉の長皿の魅力を聞いた。

先付に重宝する長皿

陶芸家の父・辻村史朗氏の次男として生まれ、日々の生活周りに父の焼き物がある環境で育った辻村塊(つじむら・かい)さん。兄の辻村唯(つじむら・ゆい)さん同様、塊さんもまた、料理人にとても人気の陶芸家である。

一見、何を盛ろうかと考える小ぶりの“伊賀長皿”だが、めざし一尾を盛るだけで実に様になる。手捻りのため皿の形が少しずつ異なり、模様や景色が一枚ごとに個性があり美しい。

「塊さんの長皿は、食事の始めの付き出しや酒肴にぴったりです。珍味や豆、生ものなどをほんの少しずつ盛ってみる、といった使い方をすると、いつもとは違った雰囲気が醸し出せます。この長皿は穴窯で焼いていますから、置き方によって自然釉の掛かり方が違います。穴窯に燃料である薪の煙が立ち込めると、その灰や油が器にぽたぽたと降りかかる、それが自然釉の面白さ、味わいです。作為の無さも魅力ですね」

辻村塊・作/自然釉伊賀長皿/7700円。
見る角度によって、表情がさまざまに変わるのも自然釉の面白さ。

丁寧に豊かに美しく生きたい

都内の某料理店のカウンターには、若手陶芸家の手による大小さまざまの器が無造作に積み重ねられて並んでいる。近頃、こうした器好きの若主人がいる店で、たびたび見かけるのが辻村唯さんや塊さんの器だ。

「一度使うと、どんどん好きになります」「個展に行くとついつい欲しくなってしまって」「器が育っていくのが楽しい」、そう嬉しそうに話す料理人も多くいる。薪窯特有の自然な歪みも、彼らにとっては盛る楽しみにほかならない。料理の着物といわれる器の力は侮れない。多彩な料理を受け止める包容力、より美味しく見せる力が彼らの器には備わっているのだろう。

「塊さんの器はどこか優しいでしょう。辻村史朗さんは日本を代表する陶芸家で、その才能は焼き物にとどまらず、書や絵も世界で評価されています。それに対して、息子の唯さん、塊さんはとても誠実な人柄で陶芸に集中し、楽しみながら、土を捏ねて轆轤(ろくろ)を回し焼成する。そんな作陶に対する真摯な態度には頭が下がります」。東京での初個展以来、塊さんとは20年以上の付き合いになるという青野さんはそう話す。

「せっかく生まれてきたんですから、昨日の自分より、今日の自分はちょっとだけでも向上したい。あまりにも便利で簡単なことを良しとする世の中ですが、丁寧に豊かに美しく生きたい。だからこそ、心を込めて作った美術工芸品が大切です」

アートや工芸品がなくても人は生きることはできるが、人間がつくった上質な器を見て触れて、使ってこそ温かい感動が生まれる。それが心の栄養剤になり、暮らしを豊かに彩ってくれるのだろう。

お話を聞いたのは●青野 惠子さん

あおの・けいこ/幼少の頃から日本舞踊をはじめ、日本文化に触れて育つ。物理学者と結婚し、アメリカに2年間滞在。海外から母国を見つめ直し、日本文化の素晴らしさを再発見する。1995年に阪神大震災、地下鉄サリン事件で、日本の経済も安全神話まで無くし弱る中、翌年の96年に「日本には文化がある」と、新高輪プリンスホテル内に『ざくろ坂ギャラリー一穂堂』を開設。2001年に銀座、08年にはニューヨークで『一穂堂』をオープンした。才能ある現存作家を発掘し、国内外へと送り出している。

『銀座一穂堂』

東京都中央区銀座1-8-17 伊勢伊ビル3階
TEL:03-5199-0599
営業時間:11時~18時
休:月曜 ※予約制
https://ginza.ippodogallery.com/

取材・文●瀬川 慧 撮影●大山裕平(2024年10月掲載)

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