市松模様をイメージした八角鉢
「とってもお洒落な漆鉢でしょう」 『銀座一穂堂』の青野惠子さんがそう言って見せてくれたのが、木工漆作家・松﨑融(まつざき・とおる)さんの“黒漆銀八角鉢”である。市松模様をイメージしたという八角鉢は、堂々として品格があり、柔らかな温もりが感じられる。
「初めて松崎さんの朱漆を見たとき、根来(ねごろ)のようで李朝のようで、古いお蔵の片隅にあったような懐かしさを覚えました。荒々しく粗野とも思える造形は、縄文時代にも遡るように思えたんです」
岐阜の桜井銘木店の最上級の木材を用いて、鑿(のみ)、木槌(きづち)、鉋(かんな)でくり抜き、栃木から茨城へ流れる那珂川の畔で採取した上質な漆を、何回も何回もたっぷりと塗り重ねていく。松﨑さんは、この工程を一貫して1人で手作業している。
「ハレの日のおもてなしには、ここに華やかにちらし寿司を盛ってもいい。利休草や季節のあしらいと一緒に、焼魚や煮物などをたっぷり盛り込んでお出ししても素敵です。この器は大きいけれど、とても軽い。だから料理の取り回しにぴったりなんです」
本物の漆器は使うほどに、色艶が増す。料理を盛れば冷めにくく、温もりのある手触りは心を豊かにしてくれる魅力がある。
「この器は、今が一番きれいなのではなく、これからどんどん美しくなる、それが漆器の楽しさですね」


蓋物は硯箱(すずりばこ)にもぴったり
「松﨑さんは根来や李朝を意識していますから、くり抜いた天然木の木地に直に上質な漆をたっぷりと使う。だからとても強くて丈夫です」
たとえば輪島塗の場合などは、くり抜いた木地に接着剤となる地の粉(との粉)を下塗りし、その後で漆を塗る。一方、松﨑さんの漆は一般より3、4倍の漆をたっぷり塗り重ねるため強靭になるという。
松崎さんの作品はプロの料理人にも人気が高く、実際、東京の鮨店では、松﨑さんの黒漆朱漆の皿に料理を供している。温かみのある木皿の上にすっと置かれた端麗な握り鮨は、しっとり艶やかに底光りする漆に映え、思わず見惚れるほど。荒っぽく使い込んだ漆器は、それほどに料理を引き立たせる。
もうひとつの“黒漆八角蓋物”は、菓子入れなどに似合いそうなお洒落な蓋物。青野さんは、これを硯箱として使っては、とアドバイスする。
「中国の硯石の名産地・端渓(たんけい)の硯に短めの毛筆、アンティークの墨、和紙の巻紙などを入れたら、とってもお洒落でしょう。お気に入りの万年筆と一筆箋、ハガキなどを入れてもいい。この浅さが、ちょっとした小物入れにぴったりなんです」
端正で使い込む事ほどに美しさが増幅する漆器。リビングの端に、さりげなく飾るだけでも特別な存在感を放つことだろう。

教えてくれたのは●青野 惠子さん
あおの・けいこ/幼少の頃から日本舞踊をはじめ、日本文化に触れて育つ。物理学者と結婚し、アメリカに2年間滞在。海外から母国を見つめ直し、日本文化の素晴らしさを再発見する。1995年に阪神大震災、地下鉄サリン事件で、日本の経済も安全神話まで無くしつつある中、翌年の96年に「日本には文化がある」と、新高輪プリンスホテル内に『ざくろ坂ギャラリー一穂堂』を開設。2001年に銀座、08年にはニューヨークで『一穂堂』をオープンした。才能ある現存作家を発掘し、国内外へと送り出している。

『銀座一穂堂』
東京都中央区銀座1-8-17 伊勢伊ビル3階
TEL:03-5199-0599
営業時間:11時~18時
休:月曜 ※予約制
https://ginza.ippodogallery.com/
取材・文●瀬川 慧 撮影●大山 裕平(2024年9月掲載)
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