全国から日本酒ファンが足を運び、町おこしへと繋がっていく——
「上川大雪酒造」は、2016年に誕生した、北海道における戦後初の酒造会社だ。2021年8月現在、上川町に「緑丘蔵(りょっきゅうぐら)」、帯広市に「碧雲蔵(へきうんぐら)」と2つの蔵があり、さらに年内には函館にも蔵の新設が決まっている。
それぞれの蔵で全く味わいの違う酒を造るが、共通する特徴は以下の3つだ。
- 北海道産の良質な酒米を使い、その土地の水で、その土地に合った「小規模、少量生産、高品質」な酒を造ること。
- 流行りにのらず、「食中酒として毎日飲めて、いつのまにか飲み切ってしまうような普通の酒」を造ること。
- 地域振興を目的とした「地方創生蔵」であること。
基本的に地元の酒類販売免許のある小売店や蔵に併設するギフトショップを中心に販売し、現地でしか買えない酒もある。そのため、「幻の酒」と呼ばれ、定価の数倍で転売されることもあるという。
総杜氏を務めるのは、北海道の日本酒ファンなら知らない人はいない名杜氏・川端慎治さん。「川端杜氏が造る酒が飲みたい」と、地元の人はもちろん、多くの日本酒ファンが上川町や帯広を訪れており、どちらの酒蔵もいまや観光客誘致に欠かせない重要拠点となっている。
地元でしか買えない「幻の酒」に人々が魅了されたワケ
最初に創設した「上川大雪酒造 緑丘蔵」で造る日本酒の最大の特徴は、大雪山系の水を使っていることだ。緑丘蔵では、地下水を汲み上げて仕込み水として使っているが、川端総杜氏いわく「超がつくほどの軟水です」。軟水はミネラル分が少なく、まろやかな口当たりが特長。緑丘蔵の日本酒は、その水と、北海道産の酒米「吟風」「彗星」「きたしずく」のいずれかを用いて造られるため、やわらかで丸みがあり、スルスルとのどを通っていくタイプの酒になるという。
上川大雪酒造の中で、ひと際注目を集めているのが、ギフトショップとオンラインショップでは購入できないものの、地元の酒類販売許可のある店では購入できる地元限定商品「神川 純米」だ。実に、上川町内のセブンイレブンでは、この「神川」が月に1,000本以上売れているという。塚原敏夫代表に理由を尋ねたところ、「我々の目的が利益の追求ではなく、地域振興だから」という答えが返ってきた。
「上川大雪酒造 緑丘蔵は、上川町の町おこしを目的に、三重県で休眠していた酒蔵を移転させて作りました。上川町は層雲峡も有する温泉地で、紅葉シーズンまでは観光客で賑わうのですが、マイナス20度にもなることもある冬は、大自然の中の静かな町と化します。しかし、いい水に恵まれ、酒造りに適した寒冷な気候で温泉もある。酒蔵ができて地酒ができれば、町が変わるのではないか……そう考えたんです」。
名杜氏と呼ばれながらも一旦現場を退いていた川端さんと知り合い、クラウドファンディングなども利用しながら新しい酒蔵を造るために奔走する二人に、地元の人たちをはじめ、協力者はどんどん増えていった。
数量を絞り、高品質な日本酒を多種類造っていった結果、「一度は飲んでみたい」「美味しかったからほかの種類も試したい」「次の限定酒はどんな味わいだろう」と評判になり、新しい酒蔵でありながら「幻の酒」と称されるまでになったのだ。
(下)緑丘蔵の正面に建てられたギフトショップ。アイヌ紋様をモチーフにした、上川大雪酒造の家紋入り暖簾が目印。「上川大雪」ほか、オリジナルグラスやギフトボックスなどが買える。
国立大学で学生が酒造り
人材育成と新たな産業を生み出す酒蔵
一方、2020年に創設した「碧雲蔵」は、野生のリスが走り回る、緑豊かな帯広畜産大学のキャンパス内に、新たなミッションを背負って誕生した。
それは、川端さんが帯広畜産大学の客員教授となり、学生たちに酒造りを教える「人を育てる蔵」という使命だ。
「緑丘蔵ができてから、地域を活性化させたいと切望する自治体や企業の視察団が年間100件以上見学に来るようになりました。そんな中、2つ目の酒蔵の候補地として選んだのが帯広畜産大学でした。今建設中の函館もそうですが、日本酒にかかわる『人』を育て、独自産業をつくることも地域振興の大事な要素だと考えています」(塚原代表)。
現在、碧雲蔵では帯広畜産大学の2人の学生がタンク1つ分の酒造りを体験中で、今秋には限定酒として販売予定だという。
「帯広の水は中硬水です。だから、同じ北海道産の酒米を使っていても、上川町とは違ったキレのある味わいの酒ができます。帯広は酪農も盛んなので、こちらで造る日本酒『十勝』などはチーズなどの乳製品と相性がいいはずです」(川端総杜氏)。
碧雲蔵で造る地域限定の日本酒も、販売は蔵に併設したギフトショップのほか、大学生協、帯広市内の酒類取扱店が中心で、道外の酒類取扱店やオンラインショップでは購入できない。
「碧雲蔵のほうが緑丘蔵よりも若干製造量が多いので、両者を比較すると碧雲蔵の酒のほうが手に入りやすいと思います」(川端総杜氏)。
現在地域限定の「十勝」は札幌などの道内の大手百貨店に卸しているほか、今後新千歳空港でも取り扱う予定があるという。
(下)タンクごとに使用する米を変えて管理している。帯広畜産大学の学生が造る、通称「畜大酒」も同じ環境で造られる。
「飲まさる酒(=ついつい飲んでしまう酒)」は、どう飲むのが正解?
北海道の方言で「飲まさる酒」とは、「ついつい飲んでしまう酒」のことで、上川大雪酒造の酒は、これを目指している。
最近は日本酒を自宅で飲むようになった方も増えたのではないだろうか。そこで川端総杜氏に、自宅で上川大雪酒造の酒をおいしく飲むためのポイントを教えてもらった。
「冷蔵庫から出し、少し置いてから飲んでください。食中酒として造っているので、今流行りの“広がる香りを楽しむ酒”ではありません。キンキンの状態から少し常温に近づけることで、味にふくらみが出ます。香りもあえてひかえめに造っているので、ぐいぐい飲めるような飲み口の広いグラスで飲んでもらえれば」。
上川大雪酒造には限定酒が多いためどれを選ぶべきか悩むが、飲み比べをするのであれば、味の違いがわかりやすい純米酒がおすすめだそう。
「良い酒とは、その時の食事を美味しく感じさせるものだと思っています。観光でいらっしゃるお客様も、地のものを味わうときに、その料理を引き立ててくれる地酒を飲みたいと思うでしょう。だからうちの酒は、食中酒として気楽に飲んでもらえる酒を目指しています」と塚原代表。
食事と一緒に飲んでいたら、いつの間にか1本開けていた……。上川大雪酒造の酒はそんな酒だからこそ、リピーターはこれからも増え続けていくだろう。
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旭川空港から車で1時間ほど走ると、「上川大雪酒造 緑丘蔵」に到着する。そこから石狩川沿いに上流を目指し、三国峠を越えて帯広方向に約3時間かけて、帯広畜産大学キャンパス内にある「上川大雪酒造 碧雲蔵」へ。とかち帯広空港までは約20分で到着。
(撮影=本田匡、文=ホシカワミナコ)
上川大雪酒造 緑丘蔵 Gift Shop
北海道上川郡上川町旭町25番地1
01658-7-7380
営業時間/10:00〜16:00(夏季)
10:00〜15:00(冬季)
定休日/不定休
アクセス/旭川空港から車で約1時間
上川大雪酒造 碧雲蔵 Gift Shop
北海道帯広市稲田町西2線15
0155-67-5901
営業時間/10:00〜15:00
定休日/不定休
アクセス/とかち帯広空港から車で約20分
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