どんな生活にも馴染むシンプルデザイン
「デンマークのモダンデザインの原点」と評されるボーエ・モーエンセンの代表作「J39」。そのミニマルなデザインと座り心地の良い機能性は、どのようなインテリアや生活シーンにもすっと馴染む。ダイニングチェアとして、またときにはラーニングチェアやリビングで使うリラックスチェアとして、さまざまな用途で使い分けることができる。サイズ感もほどよく、たくさん並べてもキュッとまとまりがあり、一人暮らしのコンパクトな部屋にでも取り入れやすいサイズとナチュラルな存在感だ。
「デンマークでベストセラーとなっている名作椅子です。別名“ピープルズチェア=みんなの椅子”と呼ばれるほど、多くの人に愛されています。日々の生活で肩肘張らずに自然体で使えて、どんなシーンでも使える汎用性が魅力的です」と西川さんは話す。
つくる人にも、使う人にも心を砕く

1947年の誕生以来、J39は現代まで途切れることなく生産され続けてきた。戦後間もない時代、市民の暮らし向上を目指すデンマーク生活協同組合の家具部門の初代チーフデザイナーだったモーエンセン。製作にあたって考慮したのは、使う場所を選ばず、どんな人でも使いやすく、リーズナブルで、さらに製造工程にも無駄が出ないことだった。
「彼が参考にしたのが、師匠であるコーア・クリントが手がけた教会用の椅子です。“デンマーク家具の父”ともいわれるクリントですが、チャーチチェアをつくるにあたって、シェーカー教徒の椅子からインスピレーションを得ています。シェーカー教徒は、質素な暮らしを是としてシンプルで機能的な家具をいくつも生産した人々。それがモーエンセンの目指す椅子のスタイルにマッチしたのでしょう」
部材の数を極力少なくして、組み立てるのに手間がかからず、さらには座面にペーパーコードを用いているので、傷んだ場合は張り替えもできる。つくる人にも使う人にも心を砕いたJ39は、その甲斐あって、個人宅だけでなく、カフェやレストラン、公共施設などにも数多く導入されたのだ。
「万人受け」。親しみやすく、どんな生活にも馴染むJ39に座ると、そんな言葉が頭をよぎる。時として、特にアーティスティックな世界では、大衆に受け入れられることはよく受け取られないこともある。しかし、時代を超えて万人から支持される製品をつくることがどれだけ大変なことか。J39は“ピープルズチェア”の名の通り、国も時代もまたいであらゆる人に愛される偉大なる大衆椅子なのである。

お話を聞いたのは●西川 栄明さん
にしかわ・たかあき/編集者。椅子研究者。椅子や家具に関すること、森林や木材から木工芸に至るまでの木に関することなどを主なテーマにして、編集執筆活動を行っている。著書に『新版 名作椅子の由来図典』『樹木と木材の図鑑-日本の有用種101』など。共著に『名作椅子の解体新書』『Yチェアの秘密』。
販売ブランド
スカンジナビアン・リビング
文●柳澤美帆 写真●Cassina ixc(2024年9月掲載)
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