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無理なく鍛えて高い効果!東大名誉教授が勧める「スロトレ」とは?

中高年世代になると誰もが感じる体力や筋力の低下。加齢による身体の衰えは「老化」という生理現象であり、誰しも避けることはできない。しかし、適度な運動習慣により体力が低下するスピードを緩やかにしたり、筋力の低下を最小限に抑えたりするなど、老化に抗うことは可能。筋肉研究の権威として知られる石井直方さんは、中高年世代でも手軽に実践できるトレーニング法を勧める。

アンチエイジングは、まず足腰の強化から

加齢とともに筋力が低下するのには、「サルコペニア」という現象が深く関係しています。サルコペニアとは加齢とともに筋肉の量が減少していく現象であり、個人差はありますが、だいたい30代前半頃に始まり、生涯を通して進行していきます。

特にサルコペニアによる筋肉量の減少が顕著なのは、太もも前面の大腿四頭筋です。ほかにもお尻の大殿筋、腹部の腹直筋、背中の広背筋や脊柱起立筋といった筋肉が加齢とともに衰えやすい筋肉になります。これらの筋肉に共通しているのは、直立している際、姿勢の維持に働く「抗重力筋」であるということ。大腿四頭筋は立ち上がる動作に不可欠な筋肉、大殿筋は上半身が前方へ倒れないように支えている筋肉であり、腹直筋や脊柱起立筋は骨盤や肋骨、脊柱(背骨)などのバランスを整えています。

抗重力筋が衰えると立ち上がり動作や歩行動作がだんだんと億劫になり、姿勢が悪くなって骨格の歪みも生じます。それらの症状は日常生活における運動不足や行動意欲の減少にもつながるため、豊かな老後生活を送るためには、早いうちから抗重力筋のトレーニングを始めることが推奨されています。

負荷は軽いのに筋力向上!?無理なく鍛えられる「スロトレ」とは

サルコペニア対策で最も効果的なのは、ターゲットの筋肉に負荷をかけていくレジスタンス運動、すなわち筋トレです。筋トレとは、筋肉に対して力学的な抵抗を与えて筋肉の成長(筋発達)をもたらす運動であり、筋肉が発達することで筋力も強くなります。

筋発達をもたらす筋トレの負荷強度は、これまでの研究により「65%1RM以上」がひとつの目安とされています。これは挙上できる最大重量(100%1RM)の65%という意味。最大で100kgのバーベルを1回持ち上げられる人であれば、65kgの負荷が65%1RMになり、反復して持ち上げる回数に換算すると18回前後となります。

通常、20~30回反復できるほどの低負荷のトレーニングだと、筋発達や筋力アップを目指す場合、かなり非効率といえるでしょう。しかし、低負荷のトレーニングであっても筋発達効果を得られる筋トレ法があります。それが「スロートレーニング(※以下、スロトレに略)」。正式には「筋発揮張力維持スロー法」といいます。スロトレとは、その名の通りゆっくり動作するトレーニングであり、一般的に行われている筋トレ種目をゆっくり動いて実践するだけ。特別な技術や器具などは一切必要ありません。運動習慣のない人でも無理なく高い効果が得られる優れた筋トレ法です。

「スロトレ」の効果と実践方法

スロトレのやり方は極めて簡単です。基本となるのは、3~5秒かけて負荷を持ち上げ、3~5秒かけて下ろしていくこと。筋トレの動作をゆっくり行うと筋肉内の内圧が高まって血流量が制限され、筋肉内は低酸素状態となります。この状態が筋発達を誘発する刺激となるのです。さらに低酸素環境では筋肉の中でも速筋線維という筋線維が動員されます。速筋線維には発達しやすい性質があるため、全体としての筋肉の発達も促進されるというわけです。

スロトレでは、「上げる(下げる)→下ろす(上げる)」の反復動作を1回とカウントするため、1回あたり6~10秒かかる計算になります。各種目とも1分~1分半程度動き続けるのが1セットの目安。これは反復回数に換算すると1セットで8回程度になるでしょう。

またスロトレに限らず、筋トレでは各種目3セット実施すると筋発達効果を高められることが報告されています。筋肉の発達には運動の量もひとつのファクターとなっているため、トータルの反復回数が少なすぎても筋発達効果は低減します。ただし、筋トレは無理せず継続して行うことが最も大切。3セットがキツければ、最初のうちは1~2セットでもいいでしょう。実施頻度は各種目とも週2回を目標にしてください。

まずはこれ!おすすめ「スロトレ」3種目

前述したように、加齢とともに衰えやすいのは、太ももやお尻の筋肉といった抗重力筋。それらを鍛えられるトレーニングとして、まず実践すべき3種目があります。

● スロトレ①:スクワット

しゃがんだ状態から起き上がる動きで大腿四頭筋(太もも前)と大殿筋(お尻)を中心に鍛える種目。膝を伸ばす動きに働く大腿四頭筋と、股関節を伸ばす動きに働く大殿筋は健康な足腰の要となる筋肉です。体幹のバランスを安定させる背中の脊柱起立筋にも少し負荷がかかります。

スロトレのスクワットでは、起き上がる局面とともに、しゃがんでお尻を下げる局面も重要です。通常のスクワットでは負荷が抜けやすい下ろす局面でも、ゆっくりしゃがむことで、筋肉が力を出しながら伸ばされるエキセントリック収縮(伸張性収縮)という筋活動が行われます。このエキセントリック収縮局面の刺激も、スロトレにおける筋発達効果を高める重要な刺激だということがこれまでの研究で分かっています。

左)脚を腰幅程度に開いて立ち、左右のつま先を少し外側に向ける。そこから背すじを伸ばし、軽くしゃがむように膝を曲げて落とす。両腕は前方に伸ばしてバランスを安定させる。この体勢がトップポジション。これ以上膝を伸ばすと、負荷が抜けてしまうためNG。

右)背すじを伸ばしたまま、お尻を後方に引いて、息を吸いながら太ももが水平(目安)になるまでしゃがむ。つま先より膝が前に出ると膝関節に負担がかかるので注意(※POINT)。この体勢がボトムポジション。ここで1秒止めたら、そこから息を吐きながらゆっくり起き上がって左の体勢に戻る。ここまでが1回の反復となる。

● スロトレ②:ニートゥチェスト

上体を丸めながら胸に膝を近づけていく種目。正しい姿勢の維持に働く腹直筋(腹部)と大腰筋(股関節深部)が主に鍛えられます。大腰筋は脊柱と骨盤をつないでいる深層筋であり、衰えると脊柱や骨盤の姿勢に歪みが生じ、腰痛につながる場合もあります。

左)床に座って両手をつきバランスを安定させる。上体は45度程度の角度になるまで後方に倒し、脚は揃えて前方に伸ばす。そこから両脚を床から少し浮かせる。この体勢がボトムポジション。脚を真っすぐ水平に伸ばすほど負荷は高くなる。

右)上体をゆっくり起こしながら、膝を曲げてゆっくり胸のほうへ引き寄せていく。息を強く吐きながらできるだけ胸と膝を近づける。おへそを覗き込むように頭から上体を丸め込む(※POINT)と腹部の腹直筋がしっかり収縮する。この体勢がトップポジション。ここで1秒止めたら、そこから息を吸いながらゆっくり上体と脚を伸ばして左の体勢に戻る。

● スロトレ③:ヒップリフト

お尻を持ち上げて大殿筋(お尻)を鍛える種目。大殿筋とともに股関節を伸ばす動きに働くハムストリング(太もも裏)も鍛えられます。スクワットと同様にゆっくりお尻を下げることによって負荷が抜けにくくなり、エキセントリック収縮局面の刺激も高められるのです。

左)仰向けになって両手をつきバランスを安定させる。そこから脚を腰幅程度に開いて膝を立て、背すじを伸ばしてお尻を床から少し浮かせる。足をつく位置は膝の真下よりも少し前に。この体勢がボトムポジション。動作中はお尻を床につけずに反復していく(※POINT)。できる人は片方の足を伸ばして、片脚で実施すると負荷がより高くなる。

右)息を吐きながらお尻をゆっくり持ち上げる。膝から胸までが一直線になるまでお尻を上げるのが目安。足裏で床を強く押すことにより股関節を伸ばしていく。この体勢がトップポジション。ここで1秒止めたら、息を吸いながらゆっくりお尻を下げて左の体勢に戻る。

足腰の筋肉は普通に生活していても30代から80代にかけて約半分に減少すると報告されています。筋力が衰え、動けなくなると外に出る機会が減り社会的刺激もなくなってしまいます。肉体的な健康が、精神的にも満たされた生活につながるということを理解して、筋力が落ちてしまう前に、できることから少しずつ始めてみてはいかがでしょうか。

(2023年4月25日掲載)


お話を聞いたのは●石井直方さん

いしい・なおかた/東京大学理学部生物学科卒業、同大学院博士課程修了、理学博士。東京大学・大学院教授を経て現在同大学名誉教授。専門は筋生理学、身体運動科学、トレーニング科学。筋肉研究の第一人者として知られる。ボディビルダーとしても全日本ボディビル選手権優勝、アジアボディビル選手権優勝、世界選手権3位入賞など、数々のタイトルを獲得した実績を持つ。著書に『スロトレ』(高橋書店)、『筋肉革命』(講談社)などがある。