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肝臓専門医が教える、お酒との上手な付き合い方

酒は百薬の長ともいわれるが、中高年になると酒に弱くなり、健康への影響も気がかりになる。その上、近年の研究によって、たとえ大量でなくても、飲酒はリスク因子になることがわかってきた。しかし、人生を豊かにしてくれる酒と縁を切りたくはない。そこで、肝臓専門医の浅部伸一さんが、お酒と楽しく付き合うコツをアドバイスします。

なぜ、若い頃のように飲めなくなるのか

お酒に強いか弱いかは、アルコール代謝の能力が左右する。この能力には性差や体格差があり、一般的に男性の方が、そして体格の大きい方が代謝能力は高いと考えられているが、もっとも影響するのは遺伝的体質だ。

お酒に含まれるアルコールは、約8割が小腸から吸収されて血管に入り、全身に運ばれる。そして、主に肝臓で2つの酵素によって代謝される。酵素の1つは、アルコールをアセトアルデヒド(最初の代謝産物)に分解するアルコール脱水素酵素(ADH)、もう1つは、アセトアルデヒドを酢酸に分解するアルデヒド脱水素酵素(ALDH)だ。

アルコールは脳を麻痺させて“酔った”状態を作り出し、毒性の高いアセトアルデヒドは頭痛や吐き気などのもとになる。これらを十分に分解できていない状態が、“悪酔い”や“二日酔い”だ。逆に言えば、アルコールやアセトアルデヒドを速やかに分解できる人が、“お酒に強い人”ということになる。

「ADHやALDHは遺伝的に受け継がれます。つまり、お酒に強い・弱いは遺伝子によって決定されるわけです。白人のほぼ100%が、これらの酵素活性が十分な“酒に強いタイプ”であるのに対し、日本人では約50%にとどまります。また、日本人の10%は酵素の働きが弱く、飲むとすぐに顔が赤くなり、気持ち悪くなります。いわゆる“下戸体質”と呼ばれる人たちがこのタイプです。残りは中間タイプで、飲み始めは顔が赤くなり、たくさん飲むと気持ち悪くなります」

中間タイプの中には、飲酒を重ねていくと強くなる、いわゆる“鍛えられる”人もいる。これは、ADH/ALDHも一部活性化するのに加えて、アルコールや一部の薬の成分を分解するCYP(薬物代謝酵素)が、飲酒を続けていると増えるためだ。

中高年になって昔ほど飲めなくなったと感じるのは、こうしたアルコールの代謝能力が加齢によって低下するためだ。身体のあちこちが歳とともに弱る。肝臓や膵臓などの臓器も例外ではない。

最新研究で明らかになった、病気のリスク

『若い時ほど量は飲めなくなったが、まだまだお酒を楽しみたい。それに、適度に飲めば身体にもいいと聞いている』──そう考える向きには、少々ショッキングな事実が明らかになった。適量の酒はむしろ身体にいいという説が、覆されたのだ。

「飲酒と健康被害の関係については、さまざまな生活習慣を持つ人々の長期間にわたる大規模な追跡調査によって明らかにされてきました。その結果、以前は少し飲んでいた方が死亡率は下がるとされていました。しかし、最近の研究では、心筋梗塞など血管系の疾患は下がっているものの、がんなど他の病気は、たとえ少量でも増える傾向にあることがわかってきたのです」

日本人にはもともと欧米人より血管系の疾患は少なく、カテーテル治療等の普及で心筋梗塞での死亡率も減っている。しかし、がんは加齢とともに死亡者数が増え、今では日本人の死因のトップだ。飲酒によってすぐにがんになるわけではないが、がんにかかりやすい年齢(好発年齢)になった時には影響が出やすくなる。

「がん以外にも、飲酒はさまざまな病気のリスクを高めます。心配されているのが、脳への影響です。以前から大量に飲酒する人の脳は小さくなる傾向にあることが明らかになっていましたが、最近では飲酒量が増えるほど、脳の萎縮が進むことも分かってきました。また大量飲酒は脂肪肝などの肝臓疾患や、慢性膵炎や膵臓がんのリスクも高めます」

厚生労働省は、「節度ある適度な飲酒」の量として、「純アルコールで1日20g程度」というガイドラインを出している。この量は、ビール中ビン1本、日本酒1合、チューハイ(7%)350mL缶1本、ウィスキーダブル1杯に相当する。このガイドラインでさえ「厳しい」と感じる方もいるだろう。しかし、健康のことだけを考えれば、一滴も飲まないのが一番ということになる。どうやら酒好きには分が悪い話ばかりのようだ。しかし、それでも浅部さんは「私はお酒を楽しんでいます」と笑う。

中高年は、飲む量と飲み方を変えてみる

「私にとってお酒は人生の楽しみの一つですから、飲まないで90歳まで生きるより、70歳まででもいいから飲んでいたいと思っています。飲酒がどんな病気のリスク因子となるのか、どうすればリスクを抑えることができるのか、正しく知った上で、健康とのバランスをとっていくのがいいのではないでしょうか」

では、どんな付き合い方が望ましいのだろうか。

「中高年になると内臓も老化し、アルコール代謝能力も衰えます。ですので、意識的に酒量を絞っていくことは大前提です。厚生労働省の1日20gというガイドライン以内であれば、まったく飲まないよりはリスクは高まりますが、個人差はあるものの、大半の人ではほぼ横ばいで、大きく高まるわけではありません。『超えたら危ない、超えなければ大丈夫』というデジタルな話ではないのです。ただし毎日60g以上の飲酒は、明らかにリスクを高めます。また鍛えて強くなった人は、もともとは分解酵素の活性が弱いので加齢の影響も受けやすいと考えられ、酒量を減らしていくことを心がけるべきでしょう」

飲む量以外には、飲み方でも工夫ができる。

「飲み始めにチーズなど、脂分のあるものを少し食べることをおすすめします。アルコールが胃にとどまり、小腸からの吸収を遅らせることができます。タンパク質や繊維質のおつまみも、アルコールの吸収を穏やかにします。そして、ゆっくり飲んで、水分をしっかり補給することも大事です」

アルコールには利尿作用があり、体内で分解する時にも水が必要になるため、飲酒は脱水を招きやすい。中高年は「若い人よりも、さらに注意が必要だ」と浅部先生は言う。

「加齢とともに脱水しても喉の渇きを強く感じなくなりがちで、高齢者は意識して水分を補う必要があります。脱水は血液をドロドロにして、血栓のできやすい状態を招き、脳梗塞や心筋梗塞のリスクを高めます。睡眠中は発汗でさらに水分を失うため、あまりに寝る直前だと夜間頻尿になってしまいますが、飲んだ後はしっかり水分をとることが大切です」

新型感染症は「正しくおそれよう」といわれるが、飲酒についても、同じことがいえそうだ。結局の所、飲酒のリスクをきちんと理解した上で、どうするのがベターなのか、一人ひとりの価値観で判断するしかない。主治医に相談するのも、一つの手だ。

もちろん、飲むだけが人生ではない。もう飲まない、これからも飲まないという選択肢も当然ある。「でも、それじゃ味気ない」という向きに対して、浅部先生は次のようなアドバイスをくれた。

「酔うためではなく、楽しむため味わうために飲む。お酒が好きで、長く付き合っていきたいなら、特に中高年以降はそうすることをおすすめめします。最近増えてきた、ノンアルコール飲料や微アルコール飲料もおすすめです」

お話を聞いたのは●浅部伸一さん

あさべ・しんいち/医学博士、肝臓専門医、消化器病専門医。アッヴィ合同会社所属。東京大学医学部卒業。国立がん研究センターで、肝炎ウイルス研究に従事。その後、自治医科大学を経て、アメリカ・サンディエゴに留学。現在は米系製薬会社に籍を置きながら、自治医科大学附属さいたま医療センター消化器内科非常勤医員も務める。自らも酒好きで、健康を害しないようにいかに飲酒を楽しむかについて講演等を行っている。監修書に『酒好き医師が教える 最高の飲み方』(日経BP)がある。