12歳で自己否定している子ども
工藤さんは、前任の千代田区立麹町中学校時代に「宿題」「定期テスト」「頭髪・服装指導」「担任制」をすべて廃止。学校の「当たり前」をやめるという改革を実行して話題となった。そもそも、こうした改革の狙いはどこにあったのだろうか?
「子どもの主体性を取り戻すための『リハビリ期間』が必要だと考えたのです。麹町中学校の生徒たちは、教育熱心で経済的にも極めて恵まれた家庭の子どもたちです。幼いころからありとあらゆる習い事をさせられ、幼稚園、小学校、中学校と受験競争を戦ってきた。その挙句に私立中学の受験に失敗して麴町中に入学してくるのです。そのため、約8割の子どもたちは自己肯定感が非常に低く、まだ12歳にもかかわらず、『どうせ自分なんて何もできない』と自己否定している子が多かったのです。そんな子どもたちに『勉強しなさい』と言っても効果はありません。これまでのような『やらされる学習』を続けても、子どもたちが自律的に学ぶ意欲を奪うだけです」
学校や塾、早期教育などで「与えられること」に慣れてしまった子どもは当事者意識を失い、自律的な学習はできない。そこで麹町中では自律を妨げる要因を取り払うことから始めたという。しかし、宿題も定期テストもない環境で、子どもたちは本当に自律的に学ぶようになるのだろうか?
「初めのうちはまったく勉強しません。ただ、私たちは宿題や定期テストの代わりに、子どもたちが自ら『勉強したい』と思えるような仕掛けを用意しました。その一つが、単元ごとに行う小テストです。このテストの特徴は、本人が希望すれば再テストが受けられること。納得できる点数が取れなかった生徒は、自分が苦手だった点はどこかを検証して、その部分を理解しようとします。当然、自分ひとりでは解決できませんから、先生に質問したり、友達に教えてもらったりするなど周囲の人の力を借りて理解しようとするのです。もちろん、再テストで良い点数を取ることも大事ですが、それ以上にこのプロセスこそが大事だと私は考えています。『自らの意志で質問し、学び合いができる能力』を身につければ、それは自律的に人生を歩むうえで大きな助けとなるからです。このような体験を通じて子どもが変わる瞬間を待っていると、やがて自律的に勉強するようになります。誰かが変えてくれるのではありません。その子が自分で変わる時が来るのです」
子どもの自己決定を促す「3つの言葉」
ぜひ家庭でも応用してみたいところだが、難しいのは「子どもが変わる瞬間を待つ」ということ。つい、親としては「何かしてあげられないか」と思ってしまいそうだ。
「そんなとき、親から何かを与えるのではなく、子どもが自己決定できる機会を作ってあげましょう。小さな自己決定を繰り返させていくことが大切です。その際に使ってほしいのが『どうしたの?』 『君はどうしたいの?』『何を支援してほしいの?』という3つの言葉です。この3つの言葉がけは、麴町中時代、自律型の支援がなかなかできずに悩む教員のために、アプローチ手法を分かりやすくするための言葉として考えたものです。例えば、朝起きることが苦手な子に対しては、『早く起きなさい』と𠮟る前に『どうしたの? なぜ起きられないの?』と聞いてみてください。『夜、ゲームに夢中になっちゃって眠れないんだ』という答えが返ってきても否定することなく、『そうか、起きられない原因は分かってるんだね。ところで、朝起きることについて、君はどうしたいの?』と聞きます。『ホントは起きたいんだけど……』と言ったら、『お母さんに手伝ってほしいことある?』と聞いてみましょう。『じゃあ、お母さん、起こしに来てくれない?』となったら、翌朝から起こしに行けばよいのです。自分で考えて『親に起こしてほしい』と判断した子どもは、起きられなかったことを人のせいにはしません。こうした小さな自己決定を繰り返すことによって、人は自律していくようになるのです」
工藤さんは、こうしたやり取りの中で親が注意すべき言葉があるという。
「『じゃあ勝手にしなさい!』という言葉です。一見、子どもに自己決定させているように思えますが、この言葉によって子どもは、自分が否定され、排除されているように感じるんです。 3つの言葉のうち、『私に手伝ってほしいことはある?』という言葉は、親が実際に使うのはなかなか難しいかもしれませんが、親がサポートする意思を示すことで、子どもは『親は自分の味方である』と認識するようになります。3つのセリフが日常的に大人の口から出てくるようになると、子どもは自分が『見守られている感覚』を感じるようになるんです。学校や家庭が子どもにとって緊張感や不信感に満ちた環境だとすれば、子どもの脳にはストレスがかかりっぱなして脳を訓練する余裕がありません。子どもの脳を自由にすくすく伸ばしていくためには、子どもの脳に不要な負荷をかけず、心理的安全状態に保っておくことが大切なんです」
親自身の行動も変わっていく
子どもに対して、「自律的な人間に育ってほしい」と願う一方、私たち大人の多くは、自律型の人間を育むための教育を受けてきていない。大人たちには何が必要だろうか?
「私自身は試行錯誤の結果、『メタ認知能力』というキーワードにたどり着きました。 メタ認知能力とは、欠点も含めて、自分自身の傾向やパターンなどをありのままに受け入れ、自分自身をよりよい方向に自分を上書きしていく能力です。例えば、親が、感情が爆発しやすい子どもに対して『ここは一回冷静に受け止めて、感情をコントロールしてみようか』とアドバイスしたとします。その助言によって子どもが感情をコントロールできるようになっていくさまを見て『じゃあ、自分はどうなんだ?』と気づき、同僚との対話の仕方を変えていく。このように、子どもの成長を促すための言葉を模索することで、親自身も、自分を客観的に眺めることが習慣化し、行動も少しずつ変わっていくはずです。まずは『子どもを責めない』『子どもの言うことを否定しない』ことを徹底し、子どもを俯瞰的に眺めることから始めてみましょう」
工藤 勇一(くどう・ゆういち)
横浜創英中学・高等学校長
1960年山形県鶴岡市生まれ。東京理科大学理学部応用数学科卒。山形県公立中学校教員、東京都公立中学校教員、東京都教育委員会、目黒区教育委員会、新宿区教育委員会教育指導課長などを経て、2014年から千代田区立麹町中学校長。教育再生実行会議委員、経済産業省「未来の教室とEdTech研究会」委員など、公職を歴任。2020年4月より現職。著書に『学校の「当たり前」をやめた。生徒も教師も変わる!公立名門中学校長の改革』(時事通信社)など。