どうか、元気で。エビが旅立つ。
古志晋也さん(写真上)の朝は、とびきり早い。3時には養殖池へ行き、前夜にしかけておいた網を引き揚げる。引き揚げたエビは、密集で傷つかないよう、船に積んだコンテナにさっと移す。その後、水槽で低温にし、おとなしくなったところで、サイズをそろえ、丁寧にパッキングする。半年以上をかけ、古志さんのもとで大きくなったエビが、旅立つ瞬間だ。
「うちのエビの特徴なのですが、ひげが長いんです。数を抑えて育てているから、エビ同士がぶつからず、ひげが抜けにくい。エビにストレスをかけたくないから、密度はよその半分から3分の1くらい。出荷のときは、一尾一尾に触れ、できを確かめます。色は美しいか、張りは十分か。『どうか元気で、お客様のもとに届いてくれ』と願いながら、送り出します」
古志さんが養殖場長を務める仁尾産商(香川県三豊市)では、車海老を生きた状態で出荷する。この新鮮さが、食のプロだけでなく、一般客がリピーターになる理由だ。
看板商品の「オリーブ車海老®」は、古志さんが2014年から開発に取り組み、年々その完成度を上げている。日本テレビ系列の人気番組「満天☆青空レストラン」でも紹介され、知名度も高まった。
あなたにとって、エビはどんな存在か。
古志さんが車海老を出合ったのは、30年前だ。高校生になって通い始めたアルバイト先が車海老の養殖場だった。偶然ではない。
「子どもの頃から海が好きで、海の生き物に関わる仕事をしたかったんです。高校卒業後、車海老を養殖する別の会社に就職しました。がむしゃらに働くなかで、知識と技術を身に付けていきました」
そう振り返る古志さんの職業人生は、車海老一色だ。人呼んで、エビ職人。専門誌に寄稿するなど、全国の同業者に名を知られている。そんな古志さんに「車海老とは、どんな存在か」とたずねた。
「楽していては、育ってくれない。強いようで、弱い。裏切るようで、裏切らない。そんなやつです」
絞り出した言葉の背景には、一日たりとも気を抜けない、エビを守り続ける日々がある。


知られざる、エビ養殖の世界。
「早朝から午前中にかけては出荷をし、午後は潜水作業です。今は若い子がやってくれますが、昨年までは私自身で池に潜っていました。真夏の水温は33度を超え、2~3時間は水の中ですから、体力と根気が要る仕事です」
それでも毎日潜るのは、エビにとって、水質が命そのものだから。水深2メートル50センチの池を上下しながら、水車の働きによって一カ所に集められたゴミをポンプで吸い出す。底砂の寝床にいるエビの状態、水質を目視でチェックしていく。
「水には、雰囲気があるんです。良い状態を『ブラウンウォーター』といい、うちの池にはうち特有の茶色がある。それが白っぽく、霞がかかったようになると危ない。データは正常値でも、何かが起きている。水質が悪化すると、最悪の場合、エビが全滅する。かつて、うちの池にも大ピンチがありました。あの時は、瀬戸際でエビが持ちこたえてくれた。弱いけど、強い。エビが私を救ってくれた」
長年の経験則に天気予想を重ね、1週間先、2週間先の水質を読む。寝ている時間以外は、エビのことを考えていなければならない。


オリーブ車海老は、どれだけうまいのか。
さて、オリーブ車海老はなぜ、オリーブ車海老と呼ばれるのか。その答えは餌にある。出荷の1カ月前あたりから、餌にオリーブの実(搾りかす)をまぜる。それ以上早くても、遅くても、理想のおいしさにならない。配合するオリーブは、希少な小豆島産に限定している。肝心の味は、どうか。
「和食の職人さんは『お造りにすると、コクのあるうまみとすっきりとした甘みを楽しめる』と評価してくださっています。感覚的な部分でもあるから、県の施設で分析してもらうと、うまみ、甘み、すっきり感を示す数値が、通常の車海老よりかなり高い。苦みの成分が少ないこともわかっています」
レジデンスクラブマガジン編集部では、古志さんが育てた車海老(夏出荷は、通常の車海老)を購入し、都内に届けてもらった。箱をあけ、おがくずを掘り返すと、エビが元気に跳ねる。お刺身でいただいたら、頬が落ちた。オリーブ車海老はどれほどうまいのか、天ぷらならば、塩焼きならば、と想像がめぐる。古志さんは、どんな食べ方が好きなのか。
「私は、塩ゆで。海水をくんで沸騰させ、そこに新鮮な車海老を入れるだけなんですが」
それは、むしろぜいたく……。
身しか食べない客もいるというが、古志さんは「頭は唐揚げにするとおいしい。愛情をかけて育てたエビです。家族より一緒にいる時間が長いですからね。余すことなく、食べていただけたらうれしい。それが私たち生産者の想いであり、原動力なんです」と続ける。
オリーブ車海老の出荷シーズンが迫っている。
(宮脇慎太郎=撮影、レジデンスクラブマガジン編集部=構成)
- 香川県内の写真家が撮影、インタビューはオンラインで行いました。