相続

家族間のトラブルを招く「やってはいけない生前対策」 ワースト5

高齢化社会を迎え、老後を迎えた親の財産管理に頭を悩ます人は少なくありません。病気や認知症になるなど、いざというときに慌てることのないよう、親が元気なうちに備えておきたいものです。しかし、利害や感情がからむ事柄だけに、アプローチを誤ると家族関係に亀裂を生じてしまうおそれも……。そうならないために「やってはいけない」ポイントを、専門家に聞きました。

生前対策の本質は、親自身の人生を幸せにすること

生前対策とは、具体的には、家族関係や保有する資産を踏まえながら、家族信託、遺言、生命保険、生前贈与、任意後見などの制度、契約を組み合わせ、老後の財産管理や資産承継の方策を探っていくこと。

「生前対策というと、とかく相続税対策ばかりに目が向きがちですが、生前対策の本質は、親が築き上げた財産を使って、子世代のサポートも受けながら『親自身の人生』を充実した、幸せなものにすることです」

司法書士として数多くの個人・専門家から相談を受け、セミナー講師としても活躍する宮田浩志さんはこう語ります。

老後の財産管理や資産承継について、数多くの家族に寄り添ってきた宮田さんに、「やってはいけない生前対策」のワースト5を挙げてもらいました。

第5位 相続発生後の対策だけ考える

生前対策というと、とかく相続税対策や資産承継先の指定など、相続発生後の対策ばかりに関心が向きがちです。しかし、それだけで十分なのでしょうか? もちろん、親が元気なうちに相続対策を行っておくことはとても重要です。ただ、私が考える生前対策は、相続税対策や資産承継先の指定だけではありません。

高齢の親世代が、どうすれば生き生きと安心して余生を過ごせるか、その生活を支えるための資金はどのように捻出できるか、親が認知症になった場合の資産凍結を防ぐことも含め、家族それぞれが、どのように役割分担をして支えるか、そして親が亡くなった後、どうすれば相続人の間で遺恨を遺すことなく、円満に遺産を引き継ぐことができるか……。生前対策には、数十年という長い時間を見通した計画が欠かせません。

家族が考えるべきは、親の「想い」を実現し、長期にわたり多額の財産を適切に管理・承継していくこと。そのためには、後々の親族間の紛争や確執を起こさないような工夫や、“家族それぞれの想い”をきちんと実現できるような仕組みが必要です。生前対策は、言い換えると“老い支度”とも言えますので、この分野の専門家を交えて家族でじっくりと親の老後について話し合うことが大切です。

第4位 「成年後見制度があるから大丈夫」と甘く考える

成年後見制度は、認知症や知的障害、精神障害などによって判断能力が不十分な人を保護するための制度で、「万一、認知症になり判断能力が不十分な状態になってしまったとき、自分に代わって財産管理や法律行為をしてもらう制度」です。

この制度は広く認知されているため、漠然と「成年後見制度があるから大丈夫」と考えている人が多いのが現状です。しかし、財産の処分に制約がかかる、帳簿等の作成の負担が大きいなどのデメリットもあります。そのため、成年後見制度は「いざという時のためのセーフティネット」と考えるのが適切です。

財産管理は任せたいが、積極的な資産運用や相続税対策もしたいという場合には、「家族信託」という選択肢も視野に入れるべきでしょう。家族信託は、年老いた親や障害のある子などの財産管理を家族が主体となって担い、さらにその先に発生する相続に対し、円満・円滑な資産承継を目指す仕組みで、2007年に信託法が改正されたことを契機に、近年その利用が急速に広まっています。家族信託は、託した財産については遺言の機能を持たせることも可能です。専門家のアドバイスのもと、多様な選択肢の中から家族全員が納得できる方法を選びましょう。

第3位 「相続(相続税)は大丈夫?」といきなり聞く

相続や資産継承について、誰が、いつ、どんな形で切り出すのかは、親子双方にとって難しい問題です。親にとっては、自分が元気なうちに保有財産のすべてを明かすことに抵抗を感じる人も多いでしょう。

親がある程度の資産を持っているケースなら、「子に無心される」「財産をあてにされる」と考える人も少なくありません。子の側も「親の死」という考えたくない出来事にまつわる話題だけに、自分からは切り出しにくいのは当然です。唐突に相続の話を切り出したばかりに、親が心を閉ざしてその後の関係が悪化してしまうといった最悪のケースにもなりかねません。

前述したように、生前対策にあたっては、あくまで「親が余生を幸せに過ごしていくためにどうすればいいか」という親の老後を支える視点から家族で話し合うことが大切です。今は元気で過ごしている方でも、将来的には認知症や要介護状態になるというケースも想定しなくてはなりません。そうなった場合、自宅で過ごしたいのか、どのタイミングでどのような施設に入所したいのかという希望もあるでしょう。親の資産と毎月の収支について、家族全員が正しい情報を把握・共有していれば、万一のときに備えた資金計画を立てることができるのです。

第2位 親が配偶者や子に内緒で遺言をつくる

信託銀行などの金融機関や税理士・弁護士・司法書士などが主催するセミナーでは、親が「遺言」をつくることの重要性が語られます。こうした背景から、遺言書を作成する人は着実に増えているというのが現状です。しかし私は、この現状には2つの問題点があると考えています。

第一に、遺言は本人(遺言者)だけの意向をもとに専門家と検討され、本来、資産継承の主役であるはずの配偶者や子には、相続が発生するまで遺言の内容を知らされないケースが多いという点です。

第二に、遺言だけでは親の生きている間(老後)のことについては一切対応できないという点です。現代は超高齢化社会。親世代が80代・90代と年齢を重ねていく中で、介護や認知症発症の可能性は想定しておかなければなりません。親が認知症になり自分で銀行に行くことができなくなったり、介護費用を年金収入と預貯金ではまかなえず自宅を売らざるを得ないケースもあるでしょう。遺言だけでは、こうした「生きていくうえでのリスク」に備えることができないのです。

親の老後も資産承継も、親だけの問題ではありません。親の老後を家族(子世代)が団結して支え、親を看取った後に遺った財産も子世代が活きた資産として円満円滑に承継できるような道筋(財産管理と承継の仕組み)を家族全体で検討しておくことが最も大切なのです。

 

第1位 誰かを除いて、家族会議をする

私が、老後の財産管理や相続に関する相談を受ける際に、最初におすすめするのが「家族会議」です。親の老後や相続について、親世代と子世代の家族皆が一堂に会して話し合う場です。家族会議の構成メンバーは、可能な限り「老親と、それを支える子全員」が望ましいと考えます。

ただ、子世代は40~50代の働き盛りですから、仕事や生活の都合で全員の予定を合わせることはなかなか難しいかもしれません。さらに、新型コロナウイルスの影響もあって、家族が一堂に会する機会がなかなか持てないのが現状です。

しかし、誰かが欠席した状態で話し合いを行うと、いくら仲の良い兄弟間であっても思わぬ誤解や疑心暗鬼が生じ、その後の協力関係に支障が生じるおそれがあります。できれば親から家族に対して等しく声をかけ、家族会議への参加を促すことをおすすめします。遠方に住む家族にはZoom等のオンラインで参加してもらうのもいいですし、やむを得ず参加できない家族には、メールに会議録を添付して、話合いの進捗状況等の情報を共有するとよいでしょう。

なお、身内だけの話し合いでは、感情的になったり、対策の方向性を誤ったり、話し合いの過程で生じた疑問・質問についてその場で解決できず、中途半端な議論になりかねません。そのため、家族会議の場に生前対策に精通した専門家を同席させてはいかがでしょうか。



教えてくれた人/宮田浩志さん(宮田総合法務事務所代表司法書士;一般社団法人家族信託普及協会代表理事)
1974年生まれ。早稲田大学法学部在学中に宅地建物取引主任者資格・行政書士資格・司法書士資格を取得。2000年、宮田総合法務事務所を開業。自身は、「老後の安心」と「円満な資産承継」を実現するコンサルティング業務に注力し、とりわけ「家族信託」に関する取り組みでは日本の先駆的な存在。家族会議に同席し、家族全員が安心できる老後と相続を世の中に広めることに使命感をもって活動している。著書に『相続・認知症で困らない 家族信託まるわかり読本』『2時間でわかる!はじめての家族信託』など。

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