ライフデザイン

脳科学者が教える!ダメな夫を「気の利く夫」に変える方法

「どうして、わかってくれないのか?」「恋人時代はこんな感じじゃなかったのに……」。夫に対してそんな不満を抱いたことはありませんか。ベストセラー『妻のトリセツ』『夫のトリセツ』『夫婦のトリセツ決定版』の著者であり、脳科学・AI研究者の黒川伊保子さんは、「彼の気が利かない態度は、愛情の欠乏ではなく、男性脳のせいかもしれない」と語ります。脳の違いを理解して接すると「腹立たしい夫」が「案外いい夫」に変わるかもしれません。

女の脳のほうが、男の見方を変えている

子育てと家事(働く主婦はそれに仕事)に追い詰められて、夫の優しいことばと差しのべられる手を切に待ち望んでいる妻にとっては、愚痴に共感してくれず、「今日何してたの?」「おかず、これだけ?」と聞いてくる夫なんて、ひどすぎる。しかし、男性のほうも、戸惑っているのだ。子どもが生まれるまでは、「優しくして」と甘えてくれた妻が、急に厳しくなる。「何怒ってるの?」と尋ねたら、「私が怒ってる理由がわからないのがアウト!」とキレられる。

夫から見たら、天使のような妻が、地獄の主に変わってしまう。夫はショックを受けたのだろうが、妻もまた、深く傷ついていたに違いない。妻だって、地獄に落とされたと感じていたはずだ。なぜ夫はひどいのか(正確には、なぜ妻は、夫をひどいと感じるのか)。実は、妻を地獄に落とすのは、多くの場合、夫ではない。妻の脳の生殖戦略なのである。

動物は、異性の見た目、声、匂いなどから、遺伝子のありようを見抜く。そうして、免疫力が高いか、遺伝子相性のいい相手に惚れて、遺伝子をゲットしようとする。しかし、一定期間は相手に夢中なのだけれど、妊娠しないで時が経てば、その「あばたもえくぼ」期間を脱してしまう。妊娠に至らない相手に一生ロックオンしていると、生殖機会を失う危険性が高いからだ。「優しい」が「優柔不断」に、「頼もしい」が「自分勝手」に変わるときがくる。そして、興味がなくなる。恋は永遠じゃないのである。

妊娠して、無事出産すれば、相手への執着は強くなる。ただし、執着の仕方が変わる。恋の相手から、資源を提供すべき者に変わるのである。子どもを無事に育て上げるためには、搾取すべき相手からは徹底して搾取する、という戦略を取ったほうが、子どもの生存可能性が上がるからだ。ということで、子を持った妻は、夫の労力、意識(気持ち)、時間、お金のすべてをすみやかに提供してほしいという本能に駆られる。子どもには徹底して優しいが、夫には厳しい。これこそが、本当の母性本能である。

世の男性たちは、母性とは、ひたすら優しく穏やかなものだと思い込んでいる。なんなら、自分も子どものように甘えられると思っている。とんでもない。妻たちは、命がけで「母」を生きている。男が変わったわけじゃない。多くの場合、女の脳のほうが、男の見方を変えているのである。

女性脳と男性脳はどこが違う?

私たちには、利き手がある。もしも、利き手がなかったら、身体の真ん中に飛んでくる石を避けられない。脳が左右どっちに避けるか迷い、とっさの身のこなしが遅れるからだ。これと一緒で、脳は、とっさに使う側を決めておかなければならない。

人類の男女は、哺乳類のオスとメスである。生存戦略が正反対なので、この「とっさの側」が正反対なのである。

荒野や山に狩りに出て、危険な目に遭いながら、仲間と自分を瞬時に救いつつ、成果を出さなければ生存も繁殖もできなかった男性脳は、「遠く」を見て、とっさに問題点を指摘しあい、「ゴール」へ急ぐようにチューニングされている。目の前の人の気持ちや体調の変化に鈍感で、優しいことばも言わず、いきなり相手の欠点を衝いてくる。

一方、授乳期間が長く、生まれてから1年も歩けない子どもを育てる人類の女性たちは、「近く」を見つめ抜いて、大切な人の体調変化を見逃さず、とっさに共感しあうようにチューニングされている。共感とプロセス解析のために、事が起こったときに、気持ちを語りあう傾向が強い。感情で記憶を引き出すことで、脳が経緯を再体験するので、気づきを生み出せるからだ。このため、距離感を測りにくく、結論から簡潔に言う、というのは苦手である。

この2つの脳が、共に暮らしているのだから、よほど知性的に暮らさないと、結婚生活が天国であるわけはないのだ。守ってあげたい相手だからこそ、問題解決を急ぐのが、素の男性脳だ。「大丈夫?」「わかるよ」と言う前に、「君も、ここが悪い。直しなさい」と言ってくる。信頼している相手だからこそ、共感してほしい女性脳からしたら、これは裏切りに見えてしまう。

21世紀を生きる私たちは、下手すれば70年もの結婚生活を耐え抜かなければならない。けれど、科学という味方がいる。男性脳と女性脳の違いを見極めて、深い深い夫婦のミゾにかわいい橋をかけてみようじゃありませんか。

二人だけの「定番」をつくる

男性脳というのは、「定番」に忠実だ。「定番」が気持ちいい。約束を守るのが、彼らの愛なのだ。

男と女の間には(母と息子であっても)、定番は作っておくほうがいい。愛を信じるために。最初は甘えて、夫に定番を作らせる。男は定番を忠実に守り続ける。女は、その一点で、男の愛を信じることができる。「愛してよ」と言い続けなくても。

「こういうときには、こう言って」をルール化してしまうのもいい。妻がテンパったら、とるものもとりあえず「大丈夫?かわいそうに」と言うこと。これは、我が家の鉄則にしてある。

私たち夫婦が、結婚して最初に決めた定番ルールは、「手袋係」だった。私の誕生日は12月半ば。クリスマスと近いので、恋人時代に、夫は苦慮していた。ただでさえ、女性向けのアイデアが豊富な人じゃないのに、10日と開けずに2度だなんて。そこで、私は、夫の気持ちを軽くしてあげようと思いついた。「これからは、誕生プレゼントだけでいい。そして、毎年、手袋を贈って。これから、冬の北風から私の手を守るのは、あなたの役目よ」。私はそう言って、彼を「私の手袋係」に任命したのである。

そんな私たちに、十数年目、離婚の危機が訪れた。二人で話し合って、離婚協議書まで作ろうとしていた。そんな話し合いの真っ最中に、彼が「今年の手袋は何色がいい?」と聞いてきたのだ。私は面食らってしまった。「はぁ?手袋なんて要らない」。そりゃ、そうだろう。女は別れた男にもらった手袋なんて、絶対にしない。けれど夫はのほほんとした声で「それでも冬は来るだろう。冬がくれば北風が吹く。北風が吹けば、手が冷たいぞ」と言うのである。この人は……! 私は、胸を衝かれて、声を失った。男の愛とは、約束を愚直に守ることなのだ、と、そのとき私は知った気がした。私が望むあらゆることばを、彼が与えてくれなかったとしても。誠実さも思いやりのかけらもないように見えたとしても。

バカじゃないの、と私は、泣きながら笑った。きっと、この人は、別れた後も手袋を贈ってくるに違いない。そんな手袋を受け取るくらいなら、別れるのをやめる。私は、そう決めた。あのとき、彼が手袋係じゃなかったら、私たちは別れていたかもしれない。

どうぞ、二人だけの素敵な定番を、お持ちください。

そうそう、かといって、夫が定番を忘れても、愛を疑う必要はない。二人の関係が安定していると、男というのは、とことん気を抜くのだ。定番を決め、彼が忘れたとしても、恨まず騒がず、都度優しく、その定番を思い出させてあげればいい。きっと、大事なときに、その定番は二人をつなげてくれる。


(2023年3月14日掲載)


お話を聞いたのは●黒川伊保子さん

くろかわ・いほこ/脳科学・AI研究者。1959年生まれ。奈良女子大学理学部物理学科卒業。コンピュータメーカーでAI開発に携わり、脳とことばの研究を始める。近著に『定年夫婦のトリセツ』(SBクリエイティブ)、『妻のトリセツ』(講談社)、『夫婦のトリセツ決定版』(講談社)など多数。

 

※本稿は、黒川伊保子『夫のトリセツ』(講談社)の一部を再編集したものです。