お話を聞いたのは・・・大村信夫さん
整理収納アドバイザー(1級)/桐蔭学園トランジションセンター講師
家電メーカーに勤務しながら、「片付けパパ(R)」「片付け部長(R)」「パラレルキャリア研究家」として活動。モノを整理することで心や思考も整理され、プライベートや仕事の進め方、人間関係など人生に全体に好循環が生まれることを提唱。全国の学校や企業などで講演・ワークショップを精力的にこなす。著書に『片付けパパの最強メソッド ドラッカーから読み解く片付けの本質』(インプレス)がある。
片付けがもたらす、3つのメリット
「部屋から人生まで整える」をモットーに活動する、大村さん。片付けには、ただの家事の枠にはおさまらないメリットがあり、習慣化できれば人生が変わると話す。
「もっともわかりやすい例を挙げると、探し物の時間がなくなる、というのが片づけの大きなメリットです」
イギリスの保険会社が行った調査によると、人は1日で約10分の時間を探しものに当てているという。これを80年続けるなら、人生で200日もの時間が、探し物という非生産的な作業に費やされていく。「探し物をするときには、多くの人がいらいらしたり、焦ったりして、嫌な気分になるもの。200日間も嫌な気分で過ごすのは、誰もが避けたいはずです。日ごろから片付けの習慣があれば、探し物がなくなり、この時間を有意義に使えます。仕事に充てるなら、仮に時給1000円で計算しても480万円のプラスです。片付けには、それくらいのインパクトがあるのです」
このような「時間的メリット」に加え、同じものや無駄なものを買うことがなくなるなどの「経済的メリット」、そして気持ちよく快適に暮らせ、家族のコミュニケーションが潤滑になるといった「精神的メリット」が得られ、結果として人生が好転していくという。
収納よりも、最初に行う「整理」が重要
片付けを始めるにあたり、まずはベースとなる理論をおさえておきたい。整理収納アドバイザーの世界では、片付けとは「整理」「収納」「維持」という3つのサイクルを回すことであると定義されている。
「世間では、片付けといえば収納ばかりがフォーカスされていると感じますが、実はもっとも大切なのは整理であり、これができれば8割以上、片付けが済んだといっても過言ではありません。整理から片付けをスタートさせるのが、重要なポイントです」
整理とは、「いる」「いらない」という選択を繰り返すことで必要なものを絞り込んでいく作業で、迷いなく実行するには、あらかじめ「選択基準」を作っておかねばならない。例えば「1年以内で使ったかどうか」というように、誰もが客観的にわかる選択基準を設けるのが一番だが、それだけでは思い出の品や愛着のあるモノをどう扱えばいいか、わからなくなることが多い。
そこで大村さんが提唱するのが、経営学者ピーター・ドラッカーの「選択と集中」の理論に従い、優先順位と劣後順位を決めるやり方だ。
「モノの優先順位を決めるのは比較的容易で、上位に来るモノは残す。難しいのは『劣後順位』、すなわち捨てるべきかどうかわからない、グレーゾーンにあるモノの判断です」
劣後順位とは聞きなれない言葉だが、「何をやらないかを決める」ことを指す。ドラッカーも重要なのは、優先順位ではなく、劣後順位だと著書で説いている。整理においては、捨てるモノ、残すモノ、そして判断に迷うモノをまずは分類する必要がある。その分類のため、大村さんは、経営やマネジメントでも使われる「2×2マトリクス」というフレームワークを活用している。
理想のライフスタイルに、“それ”が必要かを想像する
「2×2マトリクス」とは、縦軸と横軸を交差させ、4つに分かれた領域であらゆるものを整理分類する方法だ。片付けにおいては、縦軸を「使っている・使っていない」、横軸を「好き・無関心」と置き、その基準のもと「好きでよく使う」「好きだが使っていない」「関心はないがよく使う」「関心もなく、使わない」という4つの領域にモノを分類していく。
「好きでよく使うモノは優先順位の領域。『関心もなく、使わない』領域は迷うことなく手放せます。難しいのが残り2つの『好きだが使っていない』『関心はないがよく使う』というグレーゾーンをどう扱うか考えるのが、劣後順位の決定にほかなりません」
では、グレーゾーンに来たモノをどう振り分けるべきか。
その選択基準となるのは、「自分がどんな生活をしたいか」ということだ。理想のライフスタイルを思い描いたうえで、それに対し目の前のモノが果たして必要かを考え、答えを導くようにして、劣後順位を決めていく。なお、これらの整理の際には、モノを全て出し、並べて検討するのが基本となる。
こうしてすべてのモノの整理が完了したら、続いて収納に入る。
「収納というと、いかにコンパクトにしまうかばかりに意識がいきがちです。大切なのは収納を、次に使うための準備と捉えること。出しやすさを考えて収納すると、次のステップである維持がしやすくなります」
収納が終われば、あとはその状態を維持することを意識する。使ったらもとに戻す、モノが増えればその分捨てるというのを徹底するほど、部屋は散らからなくなっていく。
「維持のコツとしては、モノを『置く』という行為を意識するといいです。例えば郵便物を、ポストから取って玄関に運んだ際、一度どこかに置いてしまえば、それが散らかるきっかけとなります。その場で封を開け、中身を読み、不要なら直接ゴミ箱に捨てれば、散らかりにくくなります。モノを無意識に『置く』ところからモノが散らかるきっかけとなるのですから」
片付けを通して、判断力や決断力が磨かれる
大村さんはこれまで、ワークショップなどを通じて1万人以上に片付けの技術を伝えてきた。しかし実は、以前は片付けが大の苦手だったという。
「育ち盛りの子どもたちのいる家の中は、常にものが散乱し、足の踏み場もないほど。毎朝必ず『〇〇がない!』と騒ぐ子どもたちと、それにいら立つ妻を見て、自分もまた穏やかではいられませんでした。当時はそんな不機嫌な朝が日常であり、家族そろって片付けのセンスがないせいだ、とあきらめていました」
そんな大村さんが片付けに目覚めたきっかけは、高校の同窓会だった。久しぶりに会ったクラスメートのひとりが整理収納アドバイザーであり、「片付けは、理屈がわかれば誰でもできる」と教わって、衝撃を受けた。そこから片付けの勉強を始め、その奥深さにのめりこんで、自らも整理収納アドバイザー1級の資格を取るに至った。
「片付けができるようになって、朝の騒動がほとんどなくなり、家族関係がとてもよくなりました。その感動を世に広めたいというのが、私の活動の原点です。片付けとは、いわば目の前にあるモノに対する小さな選択の積み重ね。その技術を身につけたことで、仕事における判断力や決断力も磨かれたように感じます。私だけではなく、片付けにより誰もが人生をより豊かにすることができます。ひとりでも多くの人に、実践してほしいと思います」