ライフデザイン

【名建築探訪】卓越した“いざない”の演出「自由学園明日館」(池袋)

女性ジャーナリストの草分けである羽仁もと子と夫の吉一が創立した「自由学園」の校舎は、シンプルで美しい建物だ。旧帝国ホテルの設計を手掛けたフランク・ロイド・ライトと、チーフアシスタントを務めていた遠藤新によって1921(大正10)年に教室棟が、1927(昭和2)年にはライトの思想を受け継いだ遠藤新によって講堂が建てられた。1931年に学校機能が東久留米に移転、同時に池袋の旧校舎は「自由学園明日館(みょうにちかん)」と名を改め、卒業生らの活動拠点となった。1997年には国の重要文化財に指定されている。この歴史に残る名建築には、利用する人の心を揺さぶる工夫がある。今回は、自由学園明日館の“いざない”の演出をクローズアップする。

一大繁華街を抜けると、そこは別世界だった

 都内でもとりわけ喧騒に包まれた池袋駅西口を出て、アジアの店がひしめく雑居ビルの林を通り、ホテルメトロポリタンの脇を抜けると、細い道は閑静な住宅地に入っていく。つい今しがたまで一大繁華街にいた分、少しだけ心細い気持ちになる。目指す「自由学園明日館」へは、本当にこの道でいいのだろうか?

路地を進んでいくと、特徴的な建物の一部と案内表示が見えて「あぁ辿り着けた」とほっとするが、入口はさらにその先だ。

右折すると、景色とともに空気ががらりと変わった。カラフルなインターロッキングブロックが敷き詰められた道の左手には、羽仁もと子と夫の吉一が創業した「婦人之友社」をはじめとしたいくつかの建物が並び、右手の手入れが行き届いた前庭の奥には、切妻屋根を中心にすっと水平に伸びた東西シンメトリーの美しい建物が桜の木々の間から見える。ここが「自由学園明日館」だ。その姿は、いままさに飛び立たんとする白鳥が羽を広げているかのように見え、時間の流れさえ違う気がする。

設計者のフランク・ロイド・ライトは、来日前の1893年に開催されたシカゴ万博で、京都・宇治の平等院鳳凰堂を模した日本館「鳳凰殿」を見て、このファサードを着想したらしい。

塀の外から覗くと、館長の福田 竜さんが出迎えてくれた。

大きな窓が印象的な中央棟と左右シンメトリーに水平に伸びる低層部の高低差が静かなリズムをつくる。

4つの玄関へのアプローチ

青々とした芝生の庭に、緑の屋根と窓枠がよく馴染む。建物の高さが抑えられていて、土地と一体化している。この建物の設計者であるフランク・ロイド・ライトが得意とした“プレーリーハウス”、草原住宅と言われる様式だという。

小さな門扉もクリーム色とグリーンのツートンカラー。

小さな門扉から建物に向かって、整然と敷石が並べられている。

「これは、大谷石です」。大谷石とは、フランク・ロイド・ライトが日本の建築に多用した石だという。敷石をたどっていくと、小さな玄関に辿り着いた。大谷石のアプローチは、そのまま玄関の奥まで延伸していた。

芝や夏の木の葉の緑、乾いた土や冬枯れた芝のクリーム色、木の幹の焦げ茶、そして大谷石のグレー。校舎に使われているのは、前庭にも見られるこの4色だ。校舎を取り巻く色となじんだシンプルな色合いである。内と外とが境なく繋がっているのが、フランク・ロイド・ライトらしい特徴のひとつなのだそうだ。

「この建物の玄関は4つあります。当時、学校の玄関は、中央にあるのが教職員用、生徒たちは脇の玄関から出入りするのが普通だったんです。でも自由学園では、教師も生徒も、どの玄関から出入りしても構わない。まさに自由で平等、自立した女性を育てたいと考えられた学校だったんですね」

中央棟寄りの玄関口

中央棟寄りの玄関は、大谷石の階段を数段上がったところにある。

脇にある玄関

両脇の玄関は地続きになっている。
両脇の玄関の扉を開け放つと、地続きの意味がより分かる。内と外が文字通り続いているのである。大谷石の敷石だけでなく、外壁の漆喰の優しいクリーム色も屋内へと続いている。

“食堂”へのアプローチ

現代人の私たちには玄関の天井が低く感じるが、大正時代の女学生たちには、このくらいでちょうど良かったのだろう。そう思ったのを察したのか、「天井、低いし、暗いでしょう」と福田さんが言いながら、玄関の奥の階段を上った。玄関と廊下を繋ぐ天井には、採光用の天窓が嵌められている。いかにもライトらしい幾何学文様が美しいガラス窓だが、玄関を煌々と照らすとはいいがたい。

七段の階段を上り、二階の食堂への入口をくぐった途端、「ほぉっ」という声が思わず出た。

高い天井と、印象的な大きくて丸い照明が目を惹く。暗く狭いところから、一気に明るく広々とした世界にいざなわれて、初めてこの食堂に足を踏み入れた女学生たちも、きっと感動したに違いない。

「これが、ライトが計算した演出なんです」

ステンドグラスのようなガラス窓が随所に配されており、クリーム色の壁とフローリングや使い込まれたテーブル、椅子の木の質感にホッとした。

“明日館の顔”中央棟ホールへ

居心地の良い食堂を出て、再び一階の廊下から、中央棟のホールへ向かった。

「自由学園明日館」のシンボルともいえる、大きな窓のある部屋の写真を見たことのある人も多いだろう。大聖堂のステンドグラスのような荘厳な窓や、そこから射し込む光が、磨き込まれた床やテーブルにリフレクションする美しさも、明日館名物といっていいだろう。

だが、部屋に入ってみると、どうも勝手が違う。部屋の北面には大谷石の暖炉があり、南側に有名な大きな窓の下部が見えるのだが、全容が見えないのである。

「ここも入口の天井が低いんですよ。すんなりとは見渡せない。で、この天井部分を抜けると……」

福田さんが先導して広間の中央に移動すると、窓が吹き抜けいっぱいにすっと伸び、外光がホールをいっぱいに照らしている。低い天井から抜け出ただけで、心まで解き放たれた気分になった。

暗と明。低と高。狭と広。これを巧みに利用することで、物理的にも心理的にも解放感が得られる。ライトならではの心憎い演出は、「自由学園明日館」の随所に見られた。

ホール入口はやや窮屈な印象だが……。
窓の右手に掲げられた壁画は、創立10周年を記念し、当時の在校生たちが旧約聖書の出エジプト記の一場面をモチーフとして描いたものだという。戦時中には時勢にふさわしくないとして漆喰で塗り固められていたのだが、1999年の保存修復工事の際に発見された。

お話を聞いたのは●福田 竜さん

ふくだ・りゅう/「自由学園明日館」6代目館長。建築設計事務所勤務ののち、明日館へ。さまざまなイベント等を積極的に打ち出すなど、重要文化財・自由学園明日館の運営に余念がない。

「自由学園明日館」

 東京都豊島区西池袋2-31-3
https://jiyu.jp/

【見学時間】

  • 通常見学:10時~16時
    ※建物解説は14時~
  • 夜間見学日:毎月第3金曜日18時~21時(入館は20時30分まで)
  • 休日見学日:10時~17時(入館は16時30分まで)
    ※月1日指定日
    ※休日見学日の建物解説は11時~、14時~の2回
  • 休館日:毎週月曜(月曜が祝日または振替休日の場合はその翌日)、年末年始
    ※不定休あり。要事前確認

【見学料】

  • 建物見学のみ:500円
  • 喫茶付き見学:800円
  • 夜間見学・お酒付き:1200円

取材・文●戸羽昭子 撮影●キッチンミノル(2024年6月掲載)

  • 本記事の内容は公開日時点の情報となります。情報が更新される場合もありますので、あらかじめご了承ください。


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