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オリエントワインに恋した、或るバイヤーの話

嬉しい日には、普段よりも素敵なワインで乾杯しませんか?ストーリーのあるワインは、特別な一日を演出します。今回は、地中海の東側に位置するオリエント地域のワインにフォーカスして輸入する、The Ancient Worldの田村公祐さんにインタビューしました。

なぜ、オリエント地域なのでしょうか?

話は学生時代まで遡ります。諸事情で大学を中退することになり、それ以来、どこにも就職せず、フリーターで、主にダンスの舞台の手伝いをしていました。ところが、20代で大きな借金を負い、肉体労働のアルバイトを増やしました。おかげで、30歳ですべての借金を返済できました。20代は借金の返済だけを考えていましたね。

いざ返し終えた時に、自分の興味あること、ワクワクすることは何だろうと、ふと考えたんです。子供の頃の夢は、ゲームの世界を旅することでした。そこで、30歳でキリマンジャロ(アフリカ大陸最高峰-5895m)に登りました。次に歴史的な街並みや人々の暮らす場所に興味を持ってシリアに行き、そこで初めて飲んだのがレバノンのワインでした。口当たりがよく、果実味豊かで、角が取れ、やさしいけれどしっかりした味わいで「こんなに、おいしいものがあるんだ!」と感動したんです。
 
アルコールが突出していない点も、好みに合いました。地中海の豆や、野菜を中心とした洗練された料理や食べ物も、自分の身体に合い、この地域の食文化や地元のものが、すっかり気に入りました。日本でも買いたい、と思ったのが、オリエントにフォーカスすることになったキッカケです。

そこから、すぐに起業したのでしょうか?

しばらくは、周辺諸国を訪問しながら、ダンスの手伝いやフリーターを続けていました。32、33歳くらいになり、そろそろ先を考えねばという時に北海道の実家の父が倒れ、伯父(父の兄)からのSOSで北海道に戻りました。2013年1月のことでした。北海道に戻ったことでダンスを離れるいい機会になり、この機に自分のビジネスを立ち上げようと考えました。多額の借金を返済した実績がありましたから、進まずにはいられませんでした。

オリエントのワインへの想いを語る田村公祐さん。

何なら自分らしくできるだろうか。東地中海の食を扱うのはどうだろう。日本にはあまりないし、自分の価値観で商品を揃えてみようか、と考え、最初は他社商品を集めて販売していました。肉体労働も続けながら3年ほどが過ぎるうちに、せっかくなら自分自身の商品を持ちたい、と考えるようになったんです。地域性が尊重されるワインは、土地の魅力を反映したものなので、珍しい土地でも不利になりません。

地中海の東側、キリスト教発祥の中近東にはシリア正教徒やクルド人の居住地区もあり、そこに住む人々の暮らしなども知ってほしいと思っていたことから、この地域のワインを扱う良い機会だと思いました。会社設立は2013年4月2日で、同年10月1日から試験運用を始めました。実家の父は、これまで一度もほめてくれたことがなかったのですが、この時に初めてほめてくれました。

輸入するワインは、どのように選んでいますか?

シリア・アラブ共和国(通称シリア)は北にトルコ、東にイラク、南にヨルダン、西にレバノン、南西にイスラエルと国境を接する。

選ぶ基準は、「個性で勝負」「その土地にあるもの」です。もともと旅行好きで、文化人類学にも興味があるので、その土地らしいもの、その土地の文化を反映したもの、その土地固有のものに惹かれます。ワインなら土着品種、準土着品種を使ったものです。ぶどう本来の味わいがするもの、樽が効きすぎていないもの、品のあるもの、お土産的な要素があるもの、などを選ぶようにしています。
 
初めて輸入したのが、アルメニアのワインでした。2016年1月、現地へ行き、スーパーでワインを買って飲み、ワインバーにも行きました。友人と一緒に飲んで検討し、商品を絞り込んでから、翌2月、生産者に会いに行きました。初めてのワイン輸入でしたから勝手がわからず、書類を整えることや添加物の関係で苦労をしましたが、2016年10月29日に販売にこぎつけ、この日を開業日としました。
 
アルメニアから始まり、次がレバノン、トルコで、今は3カ国の約40アイテムのワインを輸入しています。アッシリア人の末裔とも言われる方が造る、ラベルにシリア文字が書かれているトルコのワインを見つけた時は、何が何でも扱いたいと思いました。古めかしい趣のある味わい、質感で、ブドウそのものの味わいを残しているワインです。

初めて飲んだのがレバノンワインでしたから、レバノンには愛着があります。フランスの植民地だったため、フランス系ブドウ品種のワインが多いですが、南仏のサンソーやカリニャンなどの品種でエキゾチックな味わいのものを選んで輸入しています。

嬉しいことがあった時に開けたい、お勧めのワインは?

(左から)クール・ホワイト 2019 ハイランド・セラーズ(アルメニア)、シルーフ・マナストゥル 2019 シルーフ(トルコ)、ジャルダン・サクレ 2012 クロ・ド・カナ(レバノン)。

白ワインは、アルメニアの土着品種ヴォスケハット100%を使った「クール・ホワイト」がイチオシです。古代アルメニア商人がワイン樽を船に積んでバビロンへ運ぶ話がギリシャの書物にあり、それがエチケットに描かれていて、見た瞬間、これは扱いたいと思いました。ミネラル感があり、バランスよく、しみわたるようなやさしい味わいで、個人的に白で一番好きなワインです。
  
トルコの「シルーフ・マナストル」も、エチケットに惹かれた1本です。マナストルはトルコ語で修道院のこと。トルコ南東部に住む古代アッシリア人の末裔とも言われる人々が手掛けるワインで、彼らが今も守る古代言語のシリア語がエチケットに書かれています。土着品種ボアズケレ100%を使った赤ワインで、甘くないですがブドウと果物の味を感じます。干しブドウのニュアンスがあり、なめらかで、キシキシせず、酒臭くなく、いにしえの味がします。

レバノンからは、秘密の花園という意味の「ジャルダン・サクレ」をお勧めします。このワイナリーでしか使われていない、希少な土着ブドウのサッバギーエ100%で造られた赤ワインです。サッバギーエには「染める」という意味があり、果肉まで赤みを帯びた色素の強い品種です。果実味と酸味のバランスがよく、トマト系の料理、鶏、羊の料理に合います。しっかり寝かせてから出荷する生産者で、このワインも2012年。良心的な価格でコスパ良く、ヨーロッパでも高く評価されています。オーナーは異業種からの参入で、1990年までのレバノン内戦で土地から離れた人を呼び戻すため、広大な土地を買い、農家の雇用を生み出しました。

インタビューを終えて

インタビューは、JR中央線の荻窪駅からほど近い場所にある、田村さんの実店舗「The Ancient World」で行ないました。店内にはオリエント地域のワインのほか、瓶詰などの食品も並び、「The Ancient World」ならではの品ぞろえに目が釘付けになりました。一般的にはメジャーな産地ではありませんが、オリエント地域のワインは、知的好奇心を満たし、心を癒してくれる存在になってくれそうです。

(2022年11月15日掲載)

聞き手:綿引まゆみ(ワインジャーナリスト) 撮影:花井智子

お話を聞いたのは●田村公祐さん

たむら・こうすけ/北海道札幌市出身。一橋大学 経済学部 中退。2013年4月に会社設立。2016年10月に(株)エインシャントワールド開業。2019年10月に輸入食品店「The Ancient World」開業。

The Ancient World
東京都杉並区天沼3-1-8
営業時間:平日17:00~20:00 土日祝 12:00~20:00
http://ancient-w.com/
http://facebook.com/ancient.w/
※百貨店のワイン催事などに出展することもあり、ホームページやSNSは要チェック